Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

お前にだけには言われたくない。

f:id:koushuya:20180206100404j:plain

  2月6日で「ブログの日」だそうだ。「ふーん」てな、感じで朝を迎えた。

 さて、今日は時間もないので、思いつきに終始。いま、「医者の逆説」(里見清一:著)を読んでいる。

 

 前書きにスペインの画家ゴヤ「我が子を食らうサトゥルヌス」が引き合いに出されていたので、チョコット調べてみた。

 

 サトゥルヌスとは、ローマ神話の農耕の神で、主神ユピテルの父。このサトゥルヌスというオッチャン。鎌で父のウラノスを去勢させて権力を奪う。ある日予言者から、自分と同じように、我が子に支配権を奪われると言われ、それを恐れ狂気に駆られたサトゥルヌスが、次々と我が子の頭から食ちぎり、頭のない子供が描かれている。それを悟った、母親の機転でユピテルだけが救われた。という神話が題材。

 

  この絵、狂気のサトゥルヌスの表情を一見すれば、残酷な瞬間を描いた芸術作品だと言うよりは、おぞましくてじっと眺めているような訳にはいかない絵画だ。

 

   実は、このオッチャンの男根が勃起している奇画。それだけに公衆に晒すには如何かと、後に修正されて隠されているそうである。

 

 さて、読書中のこの本前書きで、著者が伝えたいとしたこと「われわれは膨大なツケをすべて先送りして我々の子や孫に、最新医療や高額医療のツケを廻している」と医療費や社会保険料の膨張を批判している。

 

    それに「私、失敗しないので」という医者も非難している「失敗から学べない医者はリカバリーや緊急時に対応できないからだ」とも指摘している。内容が面白いので後日、ブログネタに採りあげてみたい。

 

  (今日のおまけ)

 「言論の自由」を持ち出すまでもなく、わが国国民にはすべからく私たちには自由に考え、それを自由に表明する権利があるとされている。とてもありがたいことだだが、人間の感情は権利でコントロールできるものではない。誰が何を言っても自由だと理解していているつもりだが「お前にだけは言われたくない」と、ついイラっとしてしまう。これをもっと優しく表現すると、「あなたにそのような発言をする資格があるのでしょうか」となる。

 

    だったら、誰に言われれば納得するのだろうか?相対して何かを持っている人、当事者性のある人から言われれば素直に納得するらしい。

 

   例えば「人生で大事なのはお金じゃない」と言えるのはお金持ちだけ。それ以外の人が言うと負け惜しみだと思われる。「そういうことはお金持ちになってから言えば?」と返される。言う資格ないことがお分かりになるだろう。