Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

自己解釈

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  歳は取ったが、まだまだ人間が出来ていないというか、若造で、ナンにでも喰ってかかってしまう徳兵衛。年寄りの「ひねくれ」と「へそ曲がり」は質が悪い。他人に怒ってみても自分自身に怒っていることに気がつかない。つまり力み過ぎて却って動きが窮屈になっていることを、未だに悟っていない。

 

 そんな当方、折しもある方にそのことについて相談したところ、面白い答えが返ってきた「『乗り越えられそうもない眼前の高い壁。その壁を乗り越えてこそ自信と勇気が沸き、人生の奥行きができる』と、もっともらしく体育会系的発想のようなことを云う人がいるが、私はそうは思わない。越えられない壁があったなら壁に沿って歩けばいい」と。

 

 なるほどね、妙に説得力ある返事に納得した徳兵衛。ジャッキー・チェンの「ドランクモンキー酔拳」のようにすればいいのだと勝手に解釈しまった。要は肩の力を抜けばいいんだ。 でも、自分自身では、いつも、そんなに肩に力は入れてないのが実感。そもそも「肩に力が入る」の本来の意味が解っていない。

 

 そこでもう一度、その方に聞き直した。そしたら「徳さん、疲れていないねえ、身も心も疲れた状態にすれば、自ずと力が入らないという状態になる。それが『肩の力を抜く』ということでっせ。」、「まだ、枯れてないねえ」だと。なるほどね、それ以来「あなた任せ(他力本願に)すりゃ、楽ちんジャン」と曲解した当方、これでは何時までたっても疲れることはない。いつまで行っても自分に都合よく解釈する当方であった。

 

(今日のおまけ)

 今日のテーマのように、どう見ても当方のように勘違いしている人が周囲に多い。だいたい、そうした人種は、自分に陶酔しているか自意識過剰で演出がかったオーバーな言動をしがちで感情の起伏が激しい。習性として立ち止って振り返ることをしない(できない)タイプの人間に多い。

 

 こういうタイプの人間に幾ら説教こいても時間の無駄。「三つ子の魂百まで」の如し。そうした人には近づかないようにして距離を取った方がいい。あれ?いつの間にか当方の周りに誰もいないじゃん。これって自業自得???