Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

どこもかしこもオカシイじゃ~ねぇの?

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 当方は家内が障害を持つことから、地域住民の防災担当役員を進んで勝手出て、病身でありながらも就任期間は何んと、7年にも及ぶ。ここ至るまで住民の多くは「みなさん、あなた任せに市町村の行政任せ!」。を、実感しそれは年々酷くなっている気がする。

 

 いざ災害となれば、自分で自分の命と安全は自らの手で確保しなければならない。片言に「自助」、「共助」とか「公助」と、ほざいている地域住民が圧倒的だ。町会が、自治会が、市町村が最後に最後は救助、救援してくれるのだと妙な妄想を抱いている。

 

 被災した自宅に待機していれば、誰かかが助けに来てくれると妄信している。だから、防災の事前説明会を開催しても「被災後、いつ、救援物資が届くのか?」と、いったような間抜けな質問も多く出る。搬送拠点、行政拠点や支援拠点にまで地域住民がリヤカーでも曳きながら取りに行かない限り、限られた輸送ルート、人員や資源が確保できなければ行政サービスで住民の方々に救援物資をお届けすくとなぞありえ~ない!!そんなこと普通の大人なら誰でも分かるはずだ。

 

 これまさに「甘え」そのもの。その昔は、組や町会、自治会にも面倒見のいいお年寄りがいて現場を仕切っていたが、いまはそんな親父さんや因習も慣習もない。つまり、コミュニテイは今や完全に崩壊しており「共助」にさえ、異を唱えるエゴ住民も多い。

 

 さて、共助とは「チームワーク」であり「助け合い」でもある。その昔は少なからず小さなコミュニテイでも地域でもなんとかそれを維持してきたが、今はそれも叶わない。

 

 妙な話を持ち出すが、中学生時代の部活動もそうだが「学校」、「部」や一緒に活動してきて「同じ釜の飯を喰った・・」ことが名誉でもあり、誇りでもあった。上下関係の紐帯によって組織や団体を維持して筈なのだ。そのことは、チョット歳をとっていれば老若男女に拘わらず身をもって体感していると思っている。

 

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 ところが、シラを切る婆も多い。昨日、朝一番の駅の待合室で登山着姿の40歳過ぎの中年女性に声を掛けた。同じ山仲間として「どちらへ、お出かけですか?奥多摩ですか、高尾ですか?」と尋ねても、聞こえているはずなのに一向に返事がない。「それとも山梨にお出かけですか」にも返答はない。

 

 山登りもそうだがマラソンやランニングに個人技に愛着、執着している者ほど「カワリモノ」が多く。カワリモノしか集まらない「仲間」や「クラブ」、「チーム」に偏向する。だから、そんな連中とはまともに付き合えないし、付き合おうとも思わない。

 

 その話を訊いて家内が「だったら、ガン仲間が大勢いるサークルでも入ったら!!」とのご託宣。「でも、それはチョット・・・」と答えに窮して二の足を踏んだ徳兵衛ですた!

 

 秋彼岸近しと、今日からしばし、再び「カルメン徳兵衛、故郷に帰る」ことに・・。

 

 ついでにコヤツも同じポーズをしていた。

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