Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

徳さんの子育て日記

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 数日前にタケモトピアノに絡んだ題材を差し上げたが、家内が小さい頃から練習していたピアノを「松本民芸家具」の花嫁道具一式と一緒に自宅に届けられたことを思い出した。亡くなった義父は「これで新庄が潰れるわ!」と当時よく溢していた。

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 その後、娘が産まれると、親元から早速久月の七段飾りのひな人形」が届き、その後娘は母親譲りのピアノを使って、繁く教室に通いその腕もかなり上達した。狭い我が家で和洋に整理ダンスにピアノに雛飾り。寝るスペースはなく子供たちも雑魚寝で勉強机も買ってあげられず小引き出しを両側に据え置き、その上に化粧版を渡して、三人の子に「おつくべ」をさせながら勉強させたこともあった。

 

 わが家の子育ての基本は、自由闊達、機会均等、自主自立がモットーになっている。つまり長男長女だからと云って、特別扱いはしない。条件や待遇はすべて均等。ただ、本人がやりたいと思うこと、希望することは可能な限りしてあげた。

 

 例えば、一番上が書道を習い始めると、二番目も三番目も習いたいと言い出す始末。毎日、顔や手を墨だらけにして帰宅してきたことを思い出す。でも、そうしたことがあって、子どもは皆、有段者となって今でも流麗な字を書く。字が上手いと「地頭(これについては次回に採り上げる)が良い」と見えて、お陰で入学も、就職も、結婚も難なく過ぎ、作文も履歴書も難なく、そのうえ末っ子は自作のPCを組み立てる理系ダンまでに成長した。

 

 今、思えば、皆がみな同じことをやって来た。一番下が小学校で、チユーバで吹奏楽を始めると娘は中学のブラバンでホルンを吹き始めた。親父は「ホラしか吹けないのに・・?」。

 そういえば、家内も小さい頃からフルートを習い始め高校時代にはフォークソング部でお仲間と一緒にフォークギターを奏でていた。そして結婚は上から順番にほぼ同時期。

 

 話は飛ぶが、吹奏楽器のマウスピース。これって唇の大きさや形状それに肺活量によって、パートと楽器が決まること皆さん知っていました?家内はフルート、娘はホルンで末っ子はチューバ、オヤジは首振り三年、慢性リウマチ、痛風の尺八宅郎!

 

 そして、極めつけは剣道だ。最初に挑戦したのは長男。地元剣道少年団にいち早く入団。めきめきと腕を上げた。それを見てか次男も剣道に挑戦、毎週、親もこぞって練習会を厚く見守った。そして、やがて市民大会への出場を果たし見事に三人ともメダルを獲得した。 

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 その後、ある子は中学(二段)まで、そしてある子は高校(三段)まで、そして極めつけは、娘は大学(四段)まで剣道を続けた。親はなくても子は育つ、見事に社会人になってそれぞれ所帯をもち孫も、この7月で六人にまで増える。振り返ってみれば、いろいろな苦労はあったが、 「意外と幸せな人生だったかもしれない」