Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

おかみさん!あと3か月ですよ!!

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   毎朝楽しみにしていた半年続いた朝ドラ「半分、青い。」も昨日で終わってしまい、手持無沙汰の毎日だ。律と鈴愛の宿命を描いたこの朝ドラは、今までの「一代」ものとは違い新たな旋風を巻き起こした。特に20代から40代女性の視聴率は凄まじく、見事にNHKの企画は見事に当たった。それにしても番組終了に伴うこのロス感は何とも表現できない。

 

    台風の接近で長雨が続いているのもこれに輪を掛けて気持ちを沈ませる。一日は長く夜も長い。眠りも浅く、いいとこ3時間も寝れば睡眠時間とすれば十分だ。外に出るのも億劫だし、人に会うことも話すことも今は気が向かない。しかもPCのキーボードの変換も誤変換が多く一層気を苛立たせる。

 

   これではいかんと、今後のことも考慮して体のメンテナンスのため、20.年来のお付き合いのある歯医者にでかけ治療をしてもらうことに。当方、この歯医者とは携帯電話でやり取りをする中で、昔気質のいいおじさん医者である。ただ、治療器具は古びていてゴム手袋を着用しないで治療をしないものだから、なんとなくそんなことが気にかかる。でも、腕は確かで、儲け第一主義のどこそこ屋の歯医者のように治療に半年もかからない。

 

    こちらの希望を言えばいいとこ1、2回も通えば治療は完了。世の歯医者がいかに、ぼった喰っているのかがわかる。でも、先生曰く、一番の悩みは少子高齢化で患者は入れ歯のお年寄りばかりで、患者が少なく商売は上がったりだそうで虫歯のある子が全く来ないとか・・。

 

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   この歯医者に行くには、大きな公園を通り抜けていかなければならない。雨の中、傘をさして何やら拾っている老人を見て、声をかけた。「何を拾ってらっしゃるんですか?」と訊くと、「どんぐり」だという。10年前世田谷から当地に引っ越してきて、この地の自然の豊かさに驚いたという。しかもこんなに大きなドングリは見たことがないという。しかも来客に手土産代わりに渡すと大変喜ぶという。

 

   当方、幼少(ガキ)の砌、ドングリなぞ全く珍しくもなく、ゴム管の弾や小学制時代に工作で使ったぐらいにしか記憶にない。田舎ではアタリ前のモノや環境は今や都会人にとっては至宝なのかもしれない。

 

(今日のおまけ)

 明日から会計年度は下期。人事異動もあり、ドラフトもあって、ペナントレースもJリーグもいよいよ優勝が見えてきた。プロ野球ではCS争いでジャイアンツが負け越し、J1リーグの降格争いも12位以下勝ち点6以内でひしめき、優勝争いより熾烈で面白い。

 

   この話題には直接的には関係ないが、近大マグロしかり福井の養殖サバといい、中台韓の日本近海での乱獲に対して水産資源確保のため、魚に限らず日本国内では養殖が盛んだ。

 

   さて、今回の台風で魚網から逃げた養殖魚も多い、こうした魚が大海に出でて、果たして生き残っていけるのだろうか?スポーツ界しかり、子育てしかり、組織しかり、学校しかり、角界しかり、養殖モノばかりで味や力を競っていても、本当の本物の天然物に太刀打ちできるのだろか?

 

 今年も残りあと3か月。果たして間に合うのか・・・オカミサン。

 

未知との遭遇

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 もっといえば、これが「終わりの始まり」か。でも、不思議と心は穏やかでザワツキもささくれもない。家内に対しても冷静に淡々とした会話ができる。自分で云うのもはばかれるが最近にはない我が家の光景だ。

 

   深夜TVの1970年代のフォークソングCDセットの通販番組を横目でみながら、拓郎は肺癌だし、はしだのりひこやかまやつが逝ったと思うと、逆張りにとうとうオイラたちの時代がきたのではないか。そう思って辺りを見渡せば、今、当方の身に起きていることはそんな珍しいことでも何でもない。

 

 これって、当方もブーム(時代)が生んだ寵児のメンバーの一人に認められたと思うと気は楽だ。

 

 多少、当方を知っている方や見知らぬ人も含め、このブログを日ごろから楽しみにしながら皆さんにご覧いただいていると思うとありがたい気持ちで一杯だ。だから、ここにきて奇をてらうようにこのブログをお涙頂戴の闘病記にするつもりもさらさらない。

 

    したがって、ブログテーマを特定するつもりも特定のカテゴリーに移設しようとも思っていない。このブログはいままでどおり気負うことなく気ままに、思いつきで当方の日常を綴っていくつもりだ。この先、掲載間隔が空くかもしれないが何卒ご容赦ご心配なく。

 

 さて、振り返ると今年は年明けから不思議なことばかり起きた。年明け早々の産まれて初めてのÅ型インフルの罹患、タミフルの服用。実家に帰る都度の体調不良、3月2日の胃のバリウム検査の病痕ありも異常なし、それに尊敬する大先輩の内臓摘出の大手術、旧盆帰省時の複数回のおう吐、帰宅後の連日の発熱(ケモブレイン?)、思い立っての不動産処分、初めての弟へ送った手紙、中学校卒業後43年ぶりの初めての同窓会案内状の到着、既往症の大学病院での集中受診。

 

   そして、あることを機に市広報記事が突然目に留まってのセデーションによる胃検診の受診、結果、今回の悪性腫瘍発見、再び大学病院での連続検査と、まあ、目まぐるしい9か月間だった。まさにここにきて明日最終回を迎える朝ドラの「半分、青い!」が「半べそ、おかしい!」年でもあった。

 

 何かに惹かれるように、何かに導かれるように、どこに、何に向かって歩いているのか歩こうとしているのか分からないが、どの道、その答えは「己が歩んだ足跡にある」と思っている。

 

(今日のおまけ)

 生まれてこの方、いくつものジグソーパズルのピースを一つひとつ拾ってはつなぎ合わせてきた。最初はどんな図柄が出来上がるのか皆目見当もつかなかったが、おぼろげながらその絵の輪郭らしきものが浮かび上がってきた。

 

   残りの手持ちのピースの数は幾つあるのか、分からない。

 

   出来上がった図柄が、一つ、二つのピースが足りない未完成品であっても、その絵が誰にでもなんとなく判ってもらえれば、それはそれで「よし」としよう・・。

今より早い時はない

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   想定内とはいえ、まかさ!オラにもとうとう、人並みに「ぐあーん!!」と召集令状が参りました。どの道、進むしかなく、茶水の大学病院に早速紹介状を書いてもらうことに・・(ここまで受検日から11日目、意外と速い)。セカンドでまた初めから検査のやり直しに受診と続くが、早期発見、早期治療など夢のまた夢。治療が始まる頃には手遅れなんてことも十分に考えられる。それとて、天命と思って割り切るしかアルマーニ

 

   昔、健保組合管理センターのF保健婦から「担当のT医師(愛煙家だがTK医大講師)は腕がいいから、是非一度、その先生に胃カメラで診てもらったら?」との温かいご託宣に、勇んで検査を受けたのが今から6年前。その時もどうもあの黒チューブと相性が悪く、オコエ、オエ、オエ、オイ、オイ、コラコラと嗚咽の連続。この時を境にもう二度とあの胃カメラはやらないと心に決めた。

 

   その後は、ご案内のとおり市指定の胃検診では、毎年「バリウムごっくん!!」の世界に埋没。流石に一見のモノクロ映像だけでは病変、病巣が分る筈もなく、検査結果の「異状なし」に毎年気を良くしていた。が、今回のセデーションによる病理検査オプション付の胃カメラ検診は効果絶大!

 

   人間ドックにも、エコー、MRI,CT等さまざまなオプションがついているが、保険適用外のかなりの実費請求を喰らう。したがって、ドッグは年に一度が一般的だ。ただ、罹患ノイローゼや健康志向オタクは、年に一度の検査では物足りず、年に二度、三度と受検する方も多いと聞く。

 

   前出のT医師曰く、「進行性の癌は、3か月もすれば死に至る。だから、年に一度の人間ドックでヒットするなど、ラッキー中の幸運、ドッグはその程度のもの。真剣に自分自身の健康状態を知りたいならば隔月または毎月人間ドッグに入るのが賢明。でも、これって現実的か?」とか。

 

   良く考えれば、拘束時間や費用もさることながら、被爆する放射線量などの検査による二次被害を考えれば、健康維持(診断)が逆に命取りにもなりかねない。どうやら、「がんの早期発見、早期治療推奨」のキャッチフレーズは、日本医師会と生命保険会社が考え出した「悪だくみ」かもしれない。

 

(今日のおまけ)
 何人ものドクターに診てもらったが、患者にはその医師の知識、能力、技術を推し量ることはできない。ただ、副作用、後遺症のリスクや治癒見込みなどを「やってみなければわかりません・・」と不確実性を担保するようなインフォームドコンセントなど、診療側の責任回避としかとらえかねない。

 

   ただ、今日のように医療過誤や事故が多発すると、昔のように患者の「先生お願いします!!」に医者の「ワタシに任せなさい!」の阿吽のやり取りは今では殆ど聞かれなくなった。

 

  それにしても女医の診断や治療説明をよく聞くと言葉は柔らかいが、相当ハッキリ患者に現実を伝える。いまだに「東京男子医科大学」が創設されないのはそのせいかもしれない。

吾に業あらば、吾に得あり

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   さて本日午後に当方に審判が下される。果たしてどんな結末が待っているのか・・楽しみにすべくは何一つない。

 

   原因、経過、仮定(・・れば)や架空(・・だったら)の話をこの期に及んでいくら追求したところで、屁のツッカエにもならず、それによって、現実や結果が一転、二転もするものでもあるまいし。

 

   つまり、今ある結果(現実)に対してその原因(犯人捜し)を後から探ったところで何の意味もない。それこそ悶々するだけ時間のムダ~~ッア!というもの。

 

 誰にでも一生の間には自分でも想像できないほどの大きな曲がり角や転機にいくつか出くわす。それは金銭、財産、健康、職業や浮気にまつわる問題ばかりではなく、事業の失敗、離婚、死別、育児、教育や介護などあらゆる局面で誰もが試練の時を迎える。その局面をどう切り抜けていくかが、その対処如何よってその人間的な価値が決まると言っても過言ではない。

 

 中には絶望の淵に立たされ自殺や心中を選択する人もいるだろう。最後の最後まで努力と緊張を続け、それがある日プツンと音を立てて切れてしまってこうした道を選んでしまう。


 死に至るのは病死や事故死ばかりではなく、あらゆる局面が死に繋がることを誰しもが心得ておかなければならない。

 

 ただ、やってはいけないのが、自身の運命の仕組みが解らず、不運や将来不安をかき消すが為に「願掛け」、「縁起担ぎ」や「困ったときの神頼み」で、何とか運を引き戻そうと必死にご祈祷やご祈願することだけは戴けない。こうなると、ビジネスチャンスとばかりにどこそこかの新興宗教団が臭いを嗅ぎつけハイエナのように群がってくるから、要注意だ。

 

 ここでハッキリしておこう「仏法の世界では自身の運命は自身が作り出すもの」と教えている。善きこと、悪しきことに違わず自分の運命は自分の行いが生んだものであり例外なくその人自身に降りかかる。自分以外のものによって運命が決まることなど絶対にありえない。


 世間一般では、悪しきことばかりに見舞われたときに「自業自得」を使うが、本来は善行を重ねた結果についても仏教は「自業自得」と説く。

 

 そんなつまらぬことをつらつらと考えながら、珍しく毛筆を執って色紙にこう書いた。


吾に業あらば、吾に得あり 平成三十年秋彼岸 徳兵衛書

 

(今日のおまけ)
 その話に乗るか乗らないか?その時に勝負に出るか出ないか?一瞬の判断やジャッジがその後の運命を大きく変える。それは史実を振り返ってもわかること。

 

 でもね、そうは云っても、秋の宵、焼き鳥のレバをタレ(バ)で焼いて、それをつまみながら月を愛でて酔うのは至極の悦びだよね。

 

  弱きもの、汝の名は徳兵衛なり!喝!喝だ!!もう一つおまけに「ガツ(豚の胃)だ!」

村八分

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   村八分とは江戸時代の庶民生活に由来するもので、葬儀、隣火の消火活動以外はお付き合いしないこと。つまり、これ以外の冠婚、祭りや旅などには一切関わらないというように「のけもの」「ハブにする」等の意味に使われる。

 

   まともな御挨拶やお礼が出来なければ、いくら二分の一つの仏事だとは云え、その方のお育ちや躾けられ方も疑いたくもなる。訃報の余白に「故人の遺志により供物、香典につきましては固くお断りします」とあるのを、文面どおりこれをまともに受け取って不義理や欠礼してしまうケースも多い。

 

   当方が現役時代、とある部長さんのご母堂がお亡くなりになった。この報を受けた50歳にもなる副部長が当方の処に相談にきた。「お母さまの名前はおろか訃報には葬儀日程や告別式の場所が記載されていなうえ、故人の遺志・・・とありますので、部としては、何も対応しなくていいですよね・・」ときたもんだ。

 

  この副部長も副部長だが、ここの部長にしてこの副部長だ。まず、この副部長、世間の流儀が全く分かっていない。いわば世間知らずなのだ。訃報に供物、香典を辞退する旨を記すのは、常套であって、本来の意味は「お付き合いの薄い、またはない方から丁寧な御挨拶はご遠慮させてください」という意味が全く理解されていない。要は「そのマンマをまともに受けている」この副部長の対応にはいささか当方も閉口した。

 

  それに輪をかけて非常識なのがここの部長さん。当然、葬儀となれば社内規則で当人に忌引休暇や弔慰金等が与えられるが、故人の名前も判らなければ葬儀の日程や場所も判らないとなると、まったく事実の確認のしようがない。だったら、いっそのこと会社には連絡して来ない方がいい。何かしらかの理由をつけて有給休暇の範囲でことを済ませればよいはずだ。

 

   とはいえ、最終的に部内でまとめて香典を本人に手渡したが。忌引を終えて出社してきたときの部内社員への答礼が社内メールでのご挨拶。一言だけでも「この度は、ご丁重なるお悔やみを頂戴し・・・」といって部内に挨拶廻りするのが筋だろうが、全くこうしたことに配慮しなかった。まあ、こんな部長さんが管理職だったから、部長が在籍中もこの部は一向にまとまりのない「ヘタレ部」に終わった。村八分が村九分に、当方が在籍中にもし火災(有事)がおきていたらこの部は一体どうなっていったんだろうと思うと、今でもゾッとする。

 

(今日のおまけ)
 その当時、入社してきた新入社員、これがまた奇妙な奴だった。一流国立大を卒業しての入社だったが、言葉遣いや物腰が柔らか過ぎて、タオルハンカチで汗を拭く仕草は女性そのもの。当方は、勝手に想像したのだが、こういう男に限って、休日には女装して渋谷や原宿を闊歩しているのではないかと・・・。「まことにキモい!!」

 

 その部は奇人変人と外人部隊や傭兵の寄せ集めばかりで、一向に成果が上がらなかったのは云うまでもない。