あれは~3年前(^^♪、今から3年も前のこと、ある男が会社を去った。ら3年もの前のこと、ある男が会社を去った。あっけない幕切れだった。日常のサラリーマン生活の延長戦上にあった退職日。いつもと変わらぬ見慣れた職場の風景に今日がその日であることに実感も沸かなかった。
長年通いなれた会社勤めだけに、退職した後の朝も定時に目が醒めスーツに着替えなくてはとの錯覚にも陥る。「あ~あ、モウ辞めたんだ」「会社に行かなくてもいいんだ!」と当時は、過去と現実とがごちゃ混ぜになっていて、なかなか生活のリズムを取り戻せなかった。
夢の中でも昔の付き合いの良かった仕事仲間が登場しては、年収2百万円で再就職が決まったと有頂天な場面も見た。夢の中で、その仲間は医療関係の仕事で大手重電メーカーの下請け会社に就職先が決まったという。夢ながら、そうした彼の姿を羨ましくも思ったことを想い出す。
退職当日、一通り社内や関係先の挨拶廻りを済ませ、一礼して背を向けながら独り職場を去る。最後の、最後で会社の玄関を出ようとした時、その男に声をかけてくれて暖かく見送ってくれたのは、ことあろう毎朝挨拶をしてくれた守衛のオジさんと掃除のオバチャンだった。
なにか皮肉な光景だったが、玄関先で退職の記念にとパシャリと写真を一枚撮ってくれた。それが今日掲載の写真だ。
最後の言葉は定番ながら二人とも「お元気で・・」だった。「お元気で」か?「サヨナラ・・」と云われるよりは遥かにいい響きだ。もう、この道も、この景色も、近くのコンビニも、イタ飯や食堂にも通うこともない。と、当時は空しさだけが残った。
そして、その日の帰りの途中駅でそれまで通い続けた通勤定期を精算した。明日から通勤しなくてよいと思うと急に淋しくなり、当てもないのに自宅から隣駅までの通勤定期を新たに買い求めた。当時、どうしてそうしたのか、いまでもそのことが不思議な記憶として残っている。
退職後は多忙で、退任の挨拶状の出状や餞別のお返しもさることながら、銀行からの退職金の扱いについてのセールス攻勢。離職票を労働基準監督署(職安)に提出しての就職探し、通院に家内の送迎に奔走、年金裁定請求書の提出や自治会、サークルの定時総会準備作業など、しばし忙しい日々を過ごした。
そうこうして、この一連の仕事が終わると再び、その男にも穏やかで静かな日常が戻り、そのまま三年が何事もなく過ぎれば、このストーリーもハッピーエンドだった。だが、そう事は上手くいかなかった。
これからほどなく大学病院で、がんの(遠隔)転移有無の再検査と診察が始まろうとしている。退職後三年も経つというのに、未だその男に平穏な日常生活が戻ってくるかは誰にも分からない。