koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

「おかんたのむ」

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    この記事にはさすがに参った。近いところで似たようなことがあったので敢えて披露する。極限状態にある人(娘)に母親が「あんたなんか、産まなかった良かった、死んじまえっ!!」といった翌日に、娘は子供を残して本当に自害してしまった。残された母親も父親も一切そのことには触れない。それほど愛する信ずべき人からの一言は命より重い。この記事を読んだ瞬間、アップしてよいものかと思案したが、彼女のご供養のため、今ここで徳兵衛の目に触れるとはこれもご縁と思い切り掲載いたしました。
なお、「今日のおまけ」は 、ご冥福をお祈りし、お休みさせていただきます。

2017年5月23日 6時56分 朝日新聞デジタル  大阪  以下引用文。

自殺前日「おかんたのむ」気づけなかった息子のSOS

夫婦は「長男のかわりに死んであげたい」と同時に口にした。目に涙を浮かべ、互いの手を握り合った
 
 自殺に追い込まれた人は直前にSOSを出しているという。身近な人が気づくことが大切だともいう。そうであるなら、見落とした私たちはどれほど愚かなのか――。34歳の長男を自殺で失った大阪市の母親(53)と父親(52)は「この世の地獄そのもの」と、ひたすら悔いる日々を送る。

 「これが私の産んだ子か」。棺(ひつぎ)の中にいる長男の左ほおに右手を添えて、母親は思った。「葬儀が終わったら、自分も死のう」。長男の右ほおに左手をあてて、父親は考えた。
 父親だけが泣いた。「冷たい」という手の感触は、2人とも同じだった。
 昨年9月に長男が亡くなってから、2人は月命日の墓参りを欠かさない。語りかける言葉は変わらない。母親は「いつもわがままを言ってきたやんか。どうしてこの時だけ、この道を選んだんや」。父親は「ごめんな。もっと早く何かに気づいてやれれば。ごめんな。SOSに気づかれんで」。

 周囲がSOSに気づいてあげて。自殺防止をめぐって必ず出るこの言葉に、2人は打ちのめされている。離れて住んでいた長男は死の2日前、2人の家に遊びに来た。いつもの何でもない日常。何の印象も残さなかった。
 前日、「お金を貸して」と電話をかけてきた。たまにあったことだ。「いまから取りにくるか」と尋ねた父親に、「明日でええ」と答えた。
 亡くなった日の夜、「おかんたのむわ(笑)」というメールを友人に送っていた。そのことを、2人は翌朝に知った。

 父親は「無念。断腸の思い。悔い。いろいろ言えますが、正直に言うて、今も理由が分かりません」。母親は、長男の人生すべてがSOSだったのだと思いつめている。離婚したとき、小学4年の長男を引き取った。いまの夫と同居するようになった4年前まで、ミナミのクラブで働き、雑貨店も営んだ。「小学生に独り暮らしをさせたようなもの」

 幼稚園の連絡帳に、「元気です。でも、お友だちにいじわるしたんですよ」と書かれた。夢はお相撲さん、後にプロボクサー。高校を出て職を転々とした。20代の一時期、うつ病だった。毎年一緒に行った沖縄旅行では、浜辺でぼんやり寝そべってばかりだった。