Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

場外バトル

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 川崎フロンターレのサポーターが試合中旭日旗を振ったという事で、AFCから差別を助長する、軍国主義を想起させるということで、同チームが処分を受けた。これにいち早く反応したのが我が国政府である。菅内閣官房長官は「自衛隊旗大漁旗など日本国内で現在も広く使用されており、法令上も使用実態も日章旗とは異なるもの」とした。

 

 どうして隣国を中心に、こうしたことに過敏に反応するのだろか。これがナショナリズムとしたら妙な話だ。スポーツを含め芸能や文化などあらゆる場面で歴史問題に対する反省を強く求めるスタンスは如何なものか。朝日新聞社の社旗が叩かれないのも不思議だ。  

 スポーツはスポーツであって、そこは選手同士が真剣に技術と体力をぶつけ合って勝敗を競う。その闘い振りやプレーに観客が興奮する。観客や選手の挙動を、ことさら政治問題化する必要はない。まして、これにいち早く政府が見解を述べる必要もない。テレビや場外観戦している純粋な視聴者や純朴なファンは一気に興ざめだ。

 

 その一方で、浦和レッズの森脇選手が、鹿島アントラーズの外国人選手か小笠原選手か分らないが、試合中に相手選手に向かって「臭いんだよ!」と差別発言をしたとの理由から2試合の出場停止処分となった。これが暴言であろうと不適切発言でなかろうとどちらでもよい話だが、前出の旭日旗問題と根は同じように見える。

 

 サッカーのプレイ以外のことが、ことさら事件であるかのように取り沙汰されるとプレイが霞んで見えてしまう。ならばいっそのこと「場外バトル」なるスポーツを創設したらどうか。多聞、誰もそんなスポーツは観に行かないだろうが・・・

 

(今日のおまけ)

 加齢とともに口腔ケアが大切になる。殺菌の繁殖を防止するためだ。特に高齢者の患者は食後のケアが大切で、必ずと言っていいほど食事が終わると看護師がゴム手袋をはめて消毒液を浸した脱脂綿で口のなかを除菌する。

 患者にとってはこれが結構つらく、トラウマとなって、摂食しなくなる事態もある。亡くなった義母はこれが原因だった。

 

 孫に頬ずりをするときは、髭をきれいに剃って、ニベアを塗って、マウスペットでお口と入れ歯を綺麗にしておかないと、孫から「おじいちゃんのオクチ、くっさーい!!」と言われかねない。

選択の不自由

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   本日は、後藤(510)さんの記念日。全国の後藤さんおめでとうございます。

 

   さて、唯我独尊、自分の人生は自分で決めると思っていたが、トンだ勘違いに今更ながら気づかされた。自分で決めているとすれば心も浄化され、自身も納得する。でも、よく考えると、「親」、「教師」、「上司」、「同僚」も含めて何一つ自分で決めたことはない。

 

 もっと云うと、「進学先」、「就職先」も一見、自分で選択してるようにもみえるが、本人が希望していても、不合格や不採用は日常茶飯事。結局、この世は自分で選択している錯覚に陥っていて無駄で遠回りだけをして落ち着くところに落ち着かされ今があるようにみえる。

 

 仲間、友達、結婚相手すらそんな仕組みの中で選択してるようにも思えるが、実は偶然の産物の連続なのかも知れない。産まれた子供は親を選んで産まれて来たのでもなく、職場の上司やサークルの先輩も選んだ訳でもない。たま、たまなのである。そう思うと勝手に理屈や運命といった都合の良い言葉を使って、自身が自分を口説いているのかも知れない。

 

 明日、起こることは誰も分らないし、自分自身でも分らない。事故、ケガ、事件に巻き込まれ命を落とすかも知れない。そう思って生きていると肩の力が抜けて気楽に生きれる。日々の出来事に思い悩む人は、真摯に現実に向かっている人で実直で命が若いのかもしれない。

 

 この世で自分自身が選択してるような錯覚は、実は不自由な世界だとも思う。明日は、明日で「勝手にシンドバット」が本質なのだ。

 

(今日のおまけ)

 高齢者のオートマ車の事故が多い。高齢者は免許取得時はマニュアルのコラムシフト坂道発進ではクラッチを滑らせながら坂道を下らないように気を遣った。特に教習所のコースは意地悪で坂の上に踏切のある設定。これには苦労させられたが、今やペダルにクラッチはなくアクセルとブレーキの二つだけ。

 

 慌てた高齢者はなんでもカンでもペダルを踏んでしまうものだからブレーキとアクセルを踏み違え、何処かしこに突っ込んで大事故になる。弱点は一番右のアクセルペダル。徳兵衛は常にブレーキに足を置いているものだから踏み違いはないものの車は一向に走らない。でも、ドライブで同乗した「練馬大根」に「踏み違い」を指摘され「ヒヤッ!!」としたこともたことなど、今は遠い昔。記憶すらない。

老人老い難く

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 これだけ仏事が続くと、普通ならネガテイブな心持になるのは当然だろう。今日は告白(59)の日だそうだが、18歳から30歳までの青年男子の70%が彼女を持った経験のない草食系男子だという。
 逆に言えば、結婚願望の強い女性にしてみれば、そういう男性群にほとんどにぶつかるということになる。これは悲劇としか言いようがない。

 さて、70%の次は60%。男性の5人に3人は癌に罹るという。女性でも2人に1人、つまり50%の確率で癌を患うという。その一方で、5/7付朝日新聞朝刊は、一面トップで「サービス付高齢者向け住宅」事故3362件。との見出しで、ここ1年半の間で、死亡や骨折などで少なくとも3千件以上の事故が報告されているとある。施設にも拘わらず誤飲や孤独死も多く、サ高住が介護施設化している現実を如実に表している。

 そういえば父母も要介護でサ高住に入居したが、二人とも2年を待たず逝った。実家の庭には雑草が生え、掃除も行き届いていない。遺品の整理も進まず、負動産の処分にも目途が立たない。その一方で相続税控除は引き下げられ、なけなしの遺産分割も進んでいない。

 医療も信じがたく、医者が何かから目をそむけているようにも見える。ドキュメンタリーとして医学博士の「石井光」の新刊が瞬く間に売れるのもそのせいだ。なかなか綺麗に齢を重ねさせてくれない。老い難い現実だ。ハッチャケて、ガキみたいな地域高齢住民、中高年管理職や役員を何人も見てきたが、今とならば彼らが羨ましい。

(今日のおまけ)
 新入社員時代、先輩から朝の通勤列車の乗り方について教えてもらったことがある。進行方向に向かって斜め45°で立つと列車の揺れを吸収でき、吊革につかまらなくとも足元がバタバタしないという。「海底で海流に身をゆだねるワカメをイメージしろ!!」と。
 でも、降車する際にドア前から藤壺のように頑として通路を開けない非礼なサラリーマンも数多くいた。退職して、海底で海流に身をゆだねるバカ目のような生活を強いられているが、足元は当の昔に「ナナメらなくなった。」

週末は山梨にいます。

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 これは、JR東日本の旅行キャンペーン。週末の旅行客を当て込んでの「キャッチコピー」と「パンフレット」だ。旅行や結婚式で遠出するのはあらかじめ日程が決まっているから、準備も切符も宿の手配もつくのだが、弔事はそういう訳にはいかない。病死なら薄々、覚悟もできるが事故死や突然死は、周囲が慌ててしまい。事が上手く進まない、気が動転している分、悲しみに打ちひしがれている暇はない。

 

 それにしても年末、年始は避けられても「G・W」にこれが来るとは思わなかった。列車の指定席は勿論のこと、兎に角、「トリバゴ」を使っても宿が取れなかったが「ブッキング・コム」なるウェッブでやっと2件見つけた。後にフロントで聴いたらその2時間後には空き室は予約で一杯だったそうだ。

 

 帰りの列車の指定は取れず、自由席待ちで、随分並び待たされたが、家事も草取りもできず、荒れた実家をそのままに山梨を後にした。やはり、じっくりと家事に取り組むなら終末は山梨で迎えた方が良さそうだ。

 

(今日のおまけ)

  知人のマラソン大会応援に埼玉まで出かける予定がお釈迦!この徳兵衛とそう年の差はないのだが、レース数日前に3〜5キロ練習しただけで、関門制限のあるハーフマラソン大会を見事時間内に走り切った。若いといえばそれまでだが、良く呑み、良く走り、よく眠るが肝心。健康の秘訣はそんなところにあるのかもしれない。羨ましい限りだ。

シーズン・ストック

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 季節商品の意味である。夏であれば、ビール、半そで、水着、扇風機、蚊取り線香や風鈴などが対象である。夏が暑く売れ筋の季節商品を予め大量に仕入れておく。それが予想に反して冷夏ともなるとこれらが在庫商品(デッド・ストック)となって、旧盆あたりから投げ売りに出る。型落ち、不良在庫などもその類だ。

 

 そのシーズン・ストック、冬物としてはスノボ、スキー、セーター、コート、マフラー、ストーブや手袋などが挙げられるが、我が家のウィンター・ストックは、床暖房、ホットカーペットや温風ヒーターでもない。田舎者だから、青変わらず「炬燵」を愛用している。

 

 この炬燵、昔は掘りごたつで、炭、練炭や豆炭を燃やし暖を取っていた。炬燵に潜ると一酸化炭素中毒になるので、炬燵掛け布団や掘りごたつに頭から入ることは厳禁だ。そのことを体験上、体が覚えているものだから、その危険性を熟知している。炬燵は好きな者同士が炬燵の中で手や足を絡めるところと相場は決まっていた。

 

 以来、炭には縁があって、羽子板の勝負に負けて顔じゅうに炭を塗られたり、書道教室で悪ふざけをして師範に叱られたこともしばしば。大人になれば、焼き肉や焼き鳥には備長炭を使っている店を贔屓にしている。いまはそれが原因かどうかは判らないが、我が家では脱臭剤、芳香剤には竹炭や炭を用いる。家を持って以来そのことだけは一貫している。

 

 さきほどの、我が家のシーズン・ストックである「炬燵」。春分が過ぎゴールデンウィークても未だに鎮座したままだ。なぜなら朝夕や雨の日には重宝な道具だからだ。毎年、炬燵をしまう時期に頭を悩める。手仕舞いするときや片づける時のタイミングは、人生のお付き合いと同じで、出会うときより切り上げる時の方がはるかに難しい。

 

(今日のおまけ)
  どこもかしこもB級グルメや「ゆるきゃら」が話題に取り上げられるが、これが本来の地方再生とは思わないし、そもそも地元の人間が辟易している。GWもそうだがどっと押し寄せる観光客に、心ある「お・も・て・な・し」ができるとは思わない。ワンコインのファーストフードが手軽で旨いというが、本当の食通はB級グルメなど口にしないし本当に旅を楽しむ人は連休を利用して人がドット押し寄せるスポットには出かけない。

 

   そんなふりをしてこの連休は家でのんびりしていたのだが、こんな時に限って「鳥もつ」を食べに帰っておいでよとの弟からの突然のお誘い。よくよく聞いてみれば夫人方にご不幸があった由。1週間前に終わったのにまたもや仏事、これも世間のお義理では仕方がない。ただ、今から切符や宿が手配できるかだ・・・・さあ、どうする徳兵衛!