koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

マラソン談義

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 掲載写真は、毎月自宅に送られてくるマラソン大会参加勧誘用パンフ類。今日は、見る人も、読む人も面白くないマラソン談義。だいたい登山やマラソンをやる人間は、たいがい偏屈で自己陶酔型、自己満足タイプが多い。それに円滑な対人関係を保つことが出来ず。組織だった動きは不得手な人が多い。

 

 これは一般論であって、全てのランナーを指しているのではないので、誤解なきように。

 

   さて、この炎天下に、ランニング練習をしてる人を多く見かける。また、空気汚染が激しい皇居を、退社後にも拘わらずハツカネズミのように、ダラダラと汗をかきながら走り回り続けてるジョガーもいる。

 

 くだん、当方もつい最近までランナーだったから言えるのだが、練習を積めば積むほど成績は伸びる。月間500㌔以上を走り、通勤前後に毎日10㌔、休みともなれば40㌔走を入れる。その結果、5㌔で18分台、10㌔でも楽に40分を切る走力もついた。

 

 記録が伸びることが励みになって、練習を重ねる。やがて、それがオーバーワークとなってケガや事故に見舞われる。記録していたタイム、完走証や新聞記事もいつしかホコリをかぶり、限界を自覚する。そして、それらは思い出の1ページにしか過ぎず自らも記憶の中から消えてゆく。極暑、極寒、大気汚染の中で自分を奮い立たせて頑張るのもいいだろうが、健康上は極めて不適切。結局、何が楽しく、何を共有し、何を目的にここまで走ってきたのか、自分自身でもサッパリ判らない。

 

 でも、ある時、地元開催のマラソン大会に、偶然にも昔の同僚が参加することが判った。その時は妙に嬉しく、興奮を覚えた。自分ではもう走れないと思っていたのだが、応援やボランティアで大会に参加することの楽しさを知り、走り以上の充実感を手に入れた。出来るものなら、子供と一緒に走ったあの頃のように、その人とまた肩を並べて走ってみたい。

 

(今日のおまけ)

 鹿屋体育大や山梨大学で教鞭をとられた植屋教授の指導の下に、地元でジョギング・クラブを立ち上げた。何やら走友会やら、何やらクラブでも良いのだが、組織活動をする以上、会員や役員の責任や責務が多くなる。気楽に趣味としてのランが面白くなくなって、その結果、そのクラブもいつのまにか頓挫した。

 

 植屋教授曰く「コースを決めて距離や練習を稼ぐのではなく、信号が青だったらソチラに向きを変えればいい(柔軟性)」「そして、前に走るだけでなく後ろ向きに走ることも大切(可変性)」「ランニングは一定方向の一定の筋力しか使わないので健康面では不向き(拘禁性))」「時には、泳いだり、踊ったり、歌ったりする柔軟性が健康維持・増進に役立つ(弾力性)」「何のためのランなのかを良く考える(目的意識)」そして、最後に「夕陽に向かってゆっくり走れ、そうすれば、自然とランナーズ・ハイが向こうからやって来る(所詮は道楽)」と、師から教えられた。徳兵衛、あの頃に味わったランナーズ・ハイから未だ覚醒していない。