koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

リビング・ウイル

f:id:koushuya:20170220031419j:plain

 終末期に望む治療を書面に残す。この書面こそがリビング・ウィルそのものだ。人工呼吸器や胃ろう、栄養補給などの手段を使うのかつかわないのか?どのような最期を迎えたいのかを書面で残しておくものだ。

 

 これがあるのとないのでは大きな違いがでてくる。入院加療中に本人の意識や意思がはっきりしていれば、医者や家族と十分話し合って終末期医療を受け入れることができるが、患者の意思が確認できずリビング・ウィルもない時が面倒だ。特に独居老人や身寄りのない患者は最終的に医療・ケアチームが判断するが、最終的にはどうしても親族合意を文書化しなければ終末医療に入れない。このことがご心配の向きは厚労省ガイドラインがホームページに掲載されているので、意識がはっきりしているうちに確認しておいた方がよさそうだ。

 

 徳兵衛の経験に、脳梗塞や脳溢血で倒れた人が何人もいる。独りは自宅で倒れたが前兆があった。言葉の呂律が回りずらく体調変化に気づいた直後に倒れた。もう一人は、出勤途上、東京駅のホームで倒れた。朝のラッシュアワーということもあって倒れた病人を体の上を多くの老若男女のサラリーマンやOLが跨いで先を急いで行く。最初に駆けつけたのは駅員だった。

 

 それを眼前に一部始終を目撃した徳兵衛、なぜ、救いの手が差し出せなかったのか今でも多少後悔している。釈明の機会を与えていただければ、脳の病気であることは一目瞭然だたので、下手に患者を動かすと病状を悪化させる虞があたためだ。そうした場面に当事者になることさえある。早めにリビング・ウィルは書いておくべきものよのう。

 

(今日のおまけ)

 がんは遺伝子の傷からも発症するが、老化によっても発症する。高齢化社会が進む中、医学は進歩しているのに一向に患者数は減らないように見える。だが、本当は癌は90年代以降15%も減っており、確実に医療技術は進んでいるという。

 

 このトリックはこうだ。最近の高齢化による影響を排除しなければ正しい比較ができないという。ある記事では1995年の人口構成で換算すると確実にがんは減少しているうえ、地域や世代間比較でも公平な比較ができているという。

 

 比べるとは、同じ条件や環境で同じ方法で比較しなければ正しい答えは得られない。携帯端末の値引き後価格比較やパソコンや電化製品でも、自動車でもスペックや機能を比較する時は、この点だけは押さえておく必要がある。隣りの家の奥さんが美しくても若くてあこがれて、自分の奥さんと比較しても、これは正しい比べ方ではない。そもそも自分の奥方を比較対象とするのが、最初から誤り。