Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

講演会聴講

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  この歳になってICレコーダーを駆使しながら、とある講演会を聴講した。講師は臨床心理士の木村登紀子氏、テーマは「病」ために健やかに!病者、家族、ケア提供者のための講演だ。趣旨は「病」を抱えるとその生き方に戸惑いを覚え孤立しかねない不安が残る。それを支えるための心のケアの基本を学んできた。

 

 氏によると、病に侵されてもポジティブに考えることで、本来の「幸せ」や「健康」の価値が見えてくるという。そうでなければ世話をする人も、当人も被害者意識が強くなって逆に空回りして負の連鎖が起きるという。

 

 そもそも医者や看護師は、医術や看護術を生業としているのだから、医療従事者に過度の依存や信頼をしない方がいいという。つまり、自分自身で現実を受け入れ、客観的に来たるべきであろう「死」に向き合わないといけないという。病になったらハラをくくってジタバタしないで達観する。これが出来なければ、充実感や幸福感は手に入らないという。そして、患者が発する最初の言葉にヒントがあるという。それまで周囲はジッと待つのだという。余計なお世話や気遣いは、患者本人はおろか周囲にも大きな負担になるという。

 

 ただ、それは、臨床心理士だから言えることかもしれないな。凡人の当方は未だにその域に達していない。なお、講師の履歴にも驚かされ、あっという間に2時間の講演が終わってしまった。こんな当方でも、たまに、こうしたアカデミックな講演を聴くと心が洗われて新鮮な気分になるのは不思議だ。

 

 講師略歴:日本の心理学者。学位は博士。聖路加国際大学名誉教授。 聖路加看護大学看護学部教授、淑徳大学総合福祉学部教授、日本ヒューマン・ケア心理学会常任理事などを歴任。

 

(今日のおまけ)

    鼻血ぶー!!谷岡ヤスジの漫画ではあるまいし、久しぶりに夜中に鼻血が垂れた。最近になってこれで3度目、しかも就寝中の鼻血。高齢者男性の鼻血は良くないと聞くが、原因はさまざまのようだ。高血圧に糖尿病、それに肝硬変や咽頭がんでも鼻血はでるようだ。先の眼底検査では異常がなかったが加齢に伴い血管が脆くなっているのは事実のようだ。危険な兆候かもしれない。

 

  今月16日元勤務先のH・S常務が67歳で亡くなったご冥福をお祈りします。合掌

 

育児(イク爺)

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  いよいよ娘夫婦がわが街に家族三人で転入してきた。それもスープが冷めない距離とまでとはいかないが、試に引っ越し作業中の娘夫婦に我が家で蒸かした肉まん(関西では豚まん)を差し入れた。これが見事に丁度食べごろの暖かさの至近距離だ。時間にして4分前後といったところか。

 

 先週末の2日間は、娘らが室内の整理や買い出しの間、孫の面倒を爺婆が看ることになった。愛想も良く人見知りをしない子なので扱い易かった。ただ、イヤなことは厭だと首を振るなど感情をしっかり伝えてくる。それに素早い動きでつかまり立ちはおろかハイハイも大人の歩く時間よりはるかに早く移動する。ゼロ歳の女児なのにまるで男の子のようだ。

 

 それに、最近は玩具にあまり興味を示さず。大人が扱うパソコン、テレビリモコンや携帯電話に興味があるらしく見つけると突進して噛んだり、舐めたりや叩いたりで目が離せない。キッチンに行けばカネのボールやお玉を探し当てて一端に料理人の真似事をしている。引き戸を開けることを覚え、引出を引き出すことも覚えた。これからが要注意だ。

 

 そんな孫も遊び疲れると婆の膝の中でぐずり出す。そこでイクジイの出番!!抱っこひもで抱えると素直に抱かれる。散歩に出かけることが意識的に判るようだ。多少、風が強かったが孫を抱きながら30分ほどご近所を散策。そんな姿に行き交う人のわらいを誘ったがなんのその!しばらくすると孫は爺の胸に顔を埋めてお休み。子供ながらに疲れたのだろう。 家路に急ぎ、それから約1時間、孫を抱っこしながら爺と一緒に眠った。何との至福。こんな機会を与えてくれるなら、自分の寿命が、多少、縮んでもいいと思った。

 

(今日のおまけ)

 なんと今年は年賀欠礼状の多いこと、多いこと。年賀状より欠礼状の方が多いと錯覚するくらいだ。差出人も受取人もそんな年回りになったのかと痛感させられる。

 

 私事だが当方、平成26年、28年と相次いで父母を亡くしたことから、喪中葉書は出状したがここ2、3年年賀状は書いていない。今年は久方振りに年賀状を書く。年賀状は当人の安否情報と年始挨拶と頭では分っても、感覚が戻ってこないしデザインや作りも全く浮かばない。

 

 相手に失礼が無いようにと気を配っているつもりだが、時として年賀状を出した後、相手様から寒中御見舞いの御挨拶状をいただくことがある。その時は「やっちまったぜ!!」と反省しきりだ。一度のご無礼・失礼がその後の人間関係をも壊すことがある。そんな時は、間髪入れずお詫びすることが大人の対応だ。

 

 老婆心ながら、皆様も充分にお気を付け下さいませ。  

濡れ落ち葉

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  もう辟易でしょうが、今日も相変わらず御口汚しに自虐ネタをお一つ。

 

    夫が退職すると妻のストレスは倍増するらしい。極めて自然な風景だ。退職して会社などの「居場所」を失った夫の行動は決まっている。近所に悟られないようにいつものようにネクタイを締めてスーツ姿で出かける。行先は図書館かハローワーク

 

 それに比べて、妻はいち早く地域社会に溶け込むか趣味の世界に生きて、生き生きとしている。その分、夫はしなびてまるで冷蔵庫の野菜室に置き忘れた茄子のように皺だらけの顔をしている。このギャップ(溝)が拡大するといよいよ別居とまでは行かないまでも家庭内での別居状態が続くことになる。

 

 ますます孤立する夫、居場所を失った男性は極端な孤独に苛まれる。繁殖力が強いウサギは一匹だと孤独に耐えかねて死んでしまうのと同じだ。だいたいオスたる男性は仕事をすることを美徳と考え、忙しく仕事をしている自分の姿に自惚れている。現役時代に「遊び」を知らない男性ほど、退職後の老後は淋しくも惨めなものだ。

 

 「ひとりぼっち」に堪えかね、若者に説教をしたり喧嘩を売るような迷惑行為を働くまでになってしまうのも悲劇だ。仕事以外に人間関係を築けなかったツケが老後に一挙に押し寄せてくる。今や、そんな覚悟さえできない男性諸氏が増殖している。

 

 趣味でも、サークルでも、向学でも何でもいい自らの体を動かし地域や組織に溶け込まないと自死してしまうのがオスの宿命。内閣府の調査によると64歳まで収入のある仕事に就いている男性の割合は男性で約75%、女性で約49%という結果が出ている。つまり、女性の方が定年をリアルに捉えて、次のステップ図り夫不在の生活設計をしているようにも見える。

 

 「俺も一緒に行く!!」、濡れ落ち葉のように女房の後を金魚のフンのようについていくライフスタイルはまっぴら御免だ!で、どうする?それにしても、考えることも動くこともすっかりしなくなった。耽こむならまだしも枯葉のように最近妙に老け込んでしまった。あっ、またこんなところにも白髪が・・・・。

 

 (今日のおまけ)

 ヴァンフォーレ甲府(旧甲府クラブ)がJ2陥落に秒読みとなった。お前もサンフレッチェと一緒かよ?浦和を見習え!!

 

  勝負の世界は何処も同じだが引いてばかりでは、得点は上がらない。リスクを侵してでも点を取りに行く姿勢を示さなければいけない。それにハーフナー・マイクのように電柱にボールを当てるような単純な攻撃ばかりでも試合には勝てない。監督も替え、選手の入れ替えもしたが戦力アップは見られない。それに道渕(女性に対する暴行容疑で逮捕)のようなバカがいると選手同士の士気も上がらない。

 

 唯一の救いは、昨年に比べて失点が大幅に減ったことだが、それとて素直には喜べない。これは、MF以上がオフェンスに回らず全員が守備(ディフェンス)に廻っていることの証左。このままではユニフォームスポンサー「はくばく(旧社名:白麦米株式会社)」が「じばく(自爆)」にもなりかねない。

アキラ死ノウ

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  池上志乃中尾彬、この夫婦実は再婚で、中尾の前妻は元映画女優の茅島成美(中尾学の実母)だったことをご存じの方は少ないだろう。でもこの二人、断捨離を決行、一万枚を超える二人の想い出の写真はおろか不動産や財産も手放す始末。流石に生活にゆとりがあるゲイNOジンは違うわ!

 

 でも、先に遺品や物置を整理した当方にとっては、そのことが少しだけ理解できる。今でも遺品を処分したことに後悔が残らない訳でもないが、この二人の行動を見ていると妙に納得できる点がある。実は、ほとんどの物は、ただなんとなく所有しているだけだということを思い知らされる。

 

 その上、「捨てられない」のは、単に自身の思い込みにすぎず、「物を捨てられない」というのは、とんだ勘違いなのだ。当方もこれまで物を捨てる習慣がなかっただけで、捨てることをやってみればあまり難しい事ではないことが分った。大抵の人は、使わないものも捨てずに手元に残す、それは使用済みのものは捨てた方がいいという発想がないだけ。

 

   それを解消するには、まず、簡単に捨てられる物から捨て始めて捨てる経験を重ねていくのが良いだろう。明らかなゴミ、期限切れの食品や薬、保証書、無料サンプルなどついでにもらった粗品、空き箱やレジ袋など本体を運搬するのに使って役目を終えた物、壊れていて使い物にならない物、ダブっているモノから捨てた方が健康上にも良い。

 

 それに「捨てても後悔しない」と決めてしまうことを肝に銘じておいた方が気は楽だ。さて、さて、余計な話だが、彼氏や旦那が携帯電話の電源を切って音信不通を装うようになったら貴女も捨てられる時期も近いのは間違いなし!!

 

(今日のおまけ)

    欲張りで沢山の物を捨ててきた持論としてもの申し上げておきたい。自分の所有物の8割は必要ないものだったことがやっと判った。この8割という数字は「パレートの法則」、「パレート最適」、「パレード分布」や「パレート効率」といった言い方にも使われる。 これはイタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが提唱した理論。

 

   小生ごときが具体的にご解説申しあげるのも憚れるが、「あるできごとの結果の8割は全体の2割の要因のせいで起こる」という経験則で、ビジネスシーンでもよく使われている。

 

   この理論を現実に当てはめてみると、自分にとって本当に必要で大切なものは手持ちの2割前後で、後は、ただなんとな~く、お付き合いや所有しているだけに過ぎないのかも知れない。本質、本モノを見抜く力は早々には養われないが努力は必要だ。

 

    本日は  これにて御免!!

ヒッキー

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  新垣結衣のガッキーではなく、ヒッキーは引きこもりやニートを指す言葉だ。最近の若者諸君は休日外出もせず、一日じゅうベッドの中に居てゲームやテレビに興じているらしい。昔の若者はドライブ、デートやサーフィンなどアウトドアで体を動かしたもの  だが、ネットが普及したのもその要因かもしれない。指一本でスマホ操作をすれば宅配便で荷物は届くは、ピザや鮨の出前もOKだ。居ながらにして何でも出来てしまう、便利社会が益々人類全体や次代を担う若者を退化させてしまっているのは、深刻な社会問題ともいえる。

 

    先に国土交通省が発表した全国都市交通特性調査結果によると、2015年の20代男性の1日の平均移動回数は平日で1.91回、休日で1.24回と、およそ30年前の1987年の2.987回と比べ半減していることが分り、青年男子諸君の「外出離れ」が浮き彫りとなった。

 

  今やスポーツもインドアが主流になり屋内スポーツが花盛りだ。スケート、フリークライミング、卓球にバレーボールとあらゆるスポーツが天候に左右されないインドア化に傾斜している。最たるものは野球で、その昔は「フィールド・オブ・ゲームス」といって風や気温に左右され、その一つで投手の投球の球筋が違ったり、打球の行方さえ分からなくなって、それが奇跡の逆転劇やミラクルを生んだ。そのことに選手も、ベンチも、野球ファンも、観衆も酔いしれた。

 

 1960年代、5時間も汽車に揺られて親父と屋外の後楽園球場に巨人対中日戦を観に行ったことが何度かあった。ネット裏の特等席だったがナイターにも拘わらず肌寒かったことを思い出す。プレイヤー(選手)も観客も季節や風を肌に感じてゲームに興じた。

 

 それこそがアウトドアの醍醐味で、その感覚すら判らない今の若者たちの悲劇であり辛さでもある。物事が結果ありきで、興業そのものを主体を考えた時、本来のスポーツの醍醐味は消え失せてしまう。来季以降チャレンジ制度をプロ野球にも高校野球にも導入するという、  何故、そんなに結果を急ぐのか?回り道を楽しむ方が、よほど魅力やロマンがあるのだが・・・。 

 

(今日のおまけ)

 公務員であった親父のお気に入りの野球球団は、当時の「国鉄スワローズ(現:ヤクルト)」だった。何となくそれに気を入れていつしかこの徳兵衛もアンチジャイアンツファンとなってしまった。地方テレビは日テレ系でいつもジャイアンツ戦しか放映しない。それでも、ジャイアンツが負けるゲームが観たくて、負けたゲームなど観ると親父と一緒に万歳三唱して、それから近くの銭湯に出かけたことを思い出す。湯上り、腰に手を添えて呑んだコーヒー牛乳やフルーツ牛乳の味が今も忘れられない。今、考えてみると実はアンチジャイアンツファンは生粋のジャイアンツファンだったのかも知れない。

 

 そのオヤジ、国鉄スワローズの金田(投手)が巨人に突然移籍した時は、周りも驚くくらい激怒していた。その気持や血筋、今も当方がそれを引き継いでいる。そんなジャイアンツが嫌いなのは当方だけではあるまい。