koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

忘れ難く

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 「新郎新婦のご入場です。盛大な拍手をもってお迎えください」同級生のやまちゃんがわざわざ埼玉からやって来てくれて、当方の結婚披露宴の司会進行を務めてくれた。結婚披露宴を終えてた当日、新郎・新婦の友人知人らと一緒に「特急あずさ」で全員で新宿に向かい、日付が替わる夜更け過ぎまで呑んだ。翌日は新婚旅行だというのに。。。。。。

 その披露宴のBGMで流したのがラブアンリミテッドオーケストラ(バリー・ホワイト)の「愛のテーマ」。

    青春時代はデイブ・ブルーベック・カルテットの「テイク・ファイブ」を聴いていた。

 

 若かりし頃、あるお方をお好きになった。そのときに、よく口ずさみ歌詞まで覚えたのが、ニルソンの「ウイズアウト・ユウ」行きつけのスナックでチイママに良くリクエストした曲が、シャカタク「インビテーション」と。こうした曲を聴くと当時の思い出が鮮明に蘇ってくる。

 

 武井咲主演の「黒革の手帳」が木9で始まった。原作は、かの松本清張、原作でも日経朝刊の連載でも読んだ。単行本は妙に想像力が掻き立てられ、これが連載小説になると、ワクワク感とドキドキ感が日増しに高揚した。今回のTVドラマでは、脚本、シナリオとも現代風にアレンジしてあるが、要所、要所に原作が見て取れる。米倉涼子の時も良かったが、真矢ミキが主演でもイケルも武井を囲む脇役のキャステイングはTVとしては圧巻。「ドクターX」といい好調なテレ朝。さて、ガッキ―の月9「コード・ブルー」で巻き返しなるか?不振のフジTV。

 

 そうそう、時をおいて日経新聞朝刊の連載小説「愛の流刑地」(原作:渡辺淳一)」も久方振りのヒットだった。社の役員から社員まで、毎日その日の話題で盛り上がった「こんなのアリカ?」「これでイイノカよ!」「君はどう思う?」「明日はドウナルノカネエ?」。こんな一体感はそれまで社内で醸成されたことはなく、たった一篇の小説が社員の士気を揚げ、業績も好調に推移しみんなハッピーだった。そんな小説家も今では少なくなり、景気は一向に上向かない。

 

(今日のおまけ)

 最近は、ワクワク感とドキドキ感なるものが少なくなり、寝汗はかくが汗顔に至る場面にもあまり遭遇しなくなった。

 

 でも、ここ2、3年、心の臓がけは、勝手にドキドキしている。一昨年は、洞性徐脈(いわゆるスポーツ心臓)で、心胸比が大きく、脈も一般の人に比べ40回/分以下。昨年は期外収縮(一種の不整脈)で、本来の周期を外れて、心臓が早く収縮しているらしい。

 さて今年は、なんと診断されるのか?すこしドキドキしてきた。病名蘭がだんだん狭くなり、そのうち書きき切れなくなるんじゃあね〜の!!。徳兵衛、今では「病の萬屋?」。

「山の日」を前に

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 このころになると、東武線浅草駅発23:55「尾瀬夜行」で会津高原駅まで行き、バスに乗換え、途中の尾瀬御池(午前4時)登山口から燧ヶ岳〜竜宮小屋〜至仏山〜鳩待峠のコースで、よく尾瀬に出掛けた。

 

    新宿から深夜特急ムーンライト信州」も格別な味わいでで、グリーン車仕立てで白馬駅(午前4時)まで連れていってくれる。猿倉〜大雪渓〜白馬山荘〜白馬岳〜乗鞍〜栂池のコースにも良く出かけた。途中の甲府駅は深夜の1時過ぎに停車。ここでも南アルプス登山組が広河原に向けて夜明けまで待機。当駅もいつも深夜登山客で賑わっていた。

 

 でも、前にも書いたが、想定できないことを想定して、食料や道具を揃えるものだから、ザックの重さは小屋泊まり⒉日でも最低15㌔前後になる。これを朝の4時ごろから背負って1日約10時間の山行。体力に自信がなければ無理だが、慣れれば楽しく歩ける。

 

 それに、重要なのが山岳保険。山中での事故やケガを想定した保険だ。毎年この時期になると「jRO(山岳遭難対策制度)」の会員証が送られてくる。今年はやけに立派な会員証だ。それにガイドブックや「山の知識検定」の案内も同封されていた。

 

 山は諸般の事情で、一旦お休みをしているが、この保険だけは登り始めた頃から、延々と掛け金を払い続けている。もったいない気分もする。でも、何となく会員証が登山資格証や登山許可証に見えて、毎年、大切に保管している。

 

 この「jRO」のHPには山とアウトドアファッション愛する女子向け「山ガール」コナーや「トレイル・ラン」コーナーもある。いろいろな山の楽しみがあるが、山に楽しませてもらているといった、自然に対する畏敬の念と謙虚な心が必要だ。

 

 それに最も大切なのは、こうした保険に頼るのではなく、豊富な経験と技術力がモノを言う。持久力に『自救力』がついてこそ、登山がもつ本来の魅力が判るというものだ。

 

(今日のおまけ)

 その時、時、その時代、忘れ得ぬ時代に思い出や、メロディーが浮かぶ。また、景気が良い時なぞは、当時、日経朝刊の連載小説がよく読まれた。出社前のサラリーマンが新聞配達の新聞投函が待ち切れず、随分と早起きをした会社員や役員が多かった。

 

 個人的には、狩人の「あずさ2号」、ばんばひろふみの「サチコ」や村下 孝蔵 初恋 - Bing video、「踊り子」に特別の想いがあるが、そのほかにも音楽、映画などに多くの思い出が残っている。その続きは、明日の心だ!!

子供の声

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   ブランコやジャングルジムなど、子ども向けの遊具が撤去され、かつての「児童公園」は高齢者などの憩いの場となった。その一方で、最近ではボール遊び禁止などに加え、「大声を出さない」などの注意事項が増え、子どもたちが公園で遊びづらくなっている。

 

    当方が幼少の頃は、遊び場といえば空き地だった。そこでは上級生が下級生に遊び方を教えた。高度成長期に入って開発が進み、郊外にあった空き地が姿を消すと、代わりに「児童公園」が整備され、ブランコやシーソー、滑り台、鉄棒、箱ブランコなどバラエティーに富んだ遊具で楽しみ、時間を過ごした。

 

    その後、少子高齢化が進み、「児童公園」の名称はなくなり、周辺地域に住む幅広い世代が利用できるように整備が進められた。さらに、子どもが箱型ブランコに身体を挟まれたり、回転ジャングルジムで指を切断したりするなどの事故が相次ぐようになると、一部の遊具は危険とみなされ、撤去された。空いたスペースには主に高齢者が老化防止用にストレッチやぶら下がりなどをするための「健康遊具」が設置された。

 

     最近、公園内で「大声を出さない」「走り回らない」といった注意書きも見られるようになり、ボールを使えず、声も出せず、走り回らずにどうやって子供は遊ぶのか?と思いきや、ベンチに座り、静かに携帯型ゲームを楽しむ子どもたちの姿を目にするようになった。

  

     子どもの声に関して言えば、保育園や幼稚園の周辺住民からの苦情が社会問題になっている。公園でも同じことが起きている。少子化核家族化、単身世帯の増加で、子どもと接した経験が少ない大人が増え、子どもの歓声や泣き声が聞きなれないものだったり、不快な騒音に近いものになってしまったりしている。

  

   子供の声を容認できない地域や社会はやがて自ら消えていくだろう。次代につなげるといった真に大人の社会であって欲しい。でなければ、地域への帰属意識や連帯感も生まれてはこない。声をかけられる「見守る人」も「頑固親父」もいなくなれば、子どもたちは育たない。

 

    名作「星の王子さま」の冒頭で「大人は誰も、はじめはこどもだった。しかし、そのことを忘れずにいる大人はいくらもいない」と作者は語りかけている。

マラソン談義

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 掲載写真は、毎月自宅に送られてくるマラソン大会参加勧誘用パンフ類。今日は、見る人も、読む人も面白くないマラソン談義。だいたい登山やマラソンをやる人間は、たいがい偏屈で自己陶酔型、自己満足タイプが多い。それに円滑な対人関係を保つことが出来ず。組織だった動きは不得手な人が多い。

 

 これは一般論であって、全てのランナーを指しているのではないので、誤解なきように。

 

   さて、この炎天下に、ランニング練習をしてる人を多く見かける。また、空気汚染が激しい皇居を、退社後にも拘わらずハツカネズミのように、ダラダラと汗をかきながら走り回り続けてるジョガーもいる。

 

 くだん、当方もつい最近までランナーだったから言えるのだが、練習を積めば積むほど成績は伸びる。月間500㌔以上を走り、通勤前後に毎日10㌔、休みともなれば40㌔走を入れる。その結果、5㌔で18分台、10㌔でも楽に40分を切る走力もついた。

 

 記録が伸びることが励みになって、練習を重ねる。やがて、それがオーバーワークとなってケガや事故に見舞われる。記録していたタイム、完走証や新聞記事もいつしかホコリをかぶり、限界を自覚する。そして、それらは思い出の1ページにしか過ぎず自らも記憶の中から消えてゆく。極暑、極寒、大気汚染の中で自分を奮い立たせて頑張るのもいいだろうが、健康上は極めて不適切。結局、何が楽しく、何を共有し、何を目的にここまで走ってきたのか、自分自身でもサッパリ判らない。

 

 でも、ある時、地元開催のマラソン大会に、偶然にも昔の同僚が参加することが判った。その時は妙に嬉しく、興奮を覚えた。自分ではもう走れないと思っていたのだが、応援やボランティアで大会に参加することの楽しさを知り、走り以上の充実感を手に入れた。出来るものなら、子供と一緒に走ったあの頃のように、その人とまた肩を並べて走ってみたい。

 

(今日のおまけ)

 鹿屋体育大や山梨大学で教鞭をとられた植屋教授の指導の下に、地元でジョギング・クラブを立ち上げた。何やら走友会やら、何やらクラブでも良いのだが、組織活動をする以上、会員や役員の責任や責務が多くなる。気楽に趣味としてのランが面白くなくなって、その結果、そのクラブもいつのまにか頓挫した。

 

 植屋教授曰く「コースを決めて距離や練習を稼ぐのではなく、信号が青だったらソチラに向きを変えればいい(柔軟性)」「そして、前に走るだけでなく後ろ向きに走ることも大切(可変性)」「ランニングは一定方向の一定の筋力しか使わないので健康面では不向き(拘禁性))」「時には、泳いだり、踊ったり、歌ったりする柔軟性が健康維持・増進に役立つ(弾力性)」「何のためのランなのかを良く考える(目的意識)」そして、最後に「夕陽に向かってゆっくり走れ、そうすれば、自然とランナーズ・ハイが向こうからやって来る(所詮は道楽)」と、師から教えられた。徳兵衛、あの頃に味わったランナーズ・ハイから未だ覚醒していない。

始末に悪い・2-2

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 形見分けなどという風習もなくなり、両親の遺品は、廃品回収業者への提供や一般ゴミとして搬出し、ある程度、片付けは済んだが、どうしても捨てられないものがある。

 

 それは、写真、日記や着物だ。反物であれば仕立て直しもできるが、着物だとそうもいかない。ある方は、着物を日傘にして親戚に配ったとか。でも、貰った方も困るわな?高級ブランドバッグもあったが、ハードオフに持っていっても二束三文。ならばとメルカリに出したら結構な値が付いた。

 

 どうにも始末が悪いのが、写真と膨大な日記。今でこそ、電子データで名刺大のHDD(容量5テラ)もあるから、一生分の日記も格納できる。でも、日記帳やノートでのアナログ・データは、ガサばり保管場所のスペースの確保も必要となる。

 

  思い切って、父親の日記の半分は、中身も確かめず段ボールごと捨てた。でもこれが全てではない。昨日、仏壇の下を整理していたら、父母の日記の一部が出てきた。親父の日記は亡くなる1週間前まで、病状や排便の回数まで綴ってあった。ふと気づくと、日記帳の間に小さなメモ紙が出てきた。

 

 その内容は、子供に対する財産分与で、震える文字でメモってあった。幸い兄弟との争議もなく無事に相続は完了したが、こんなものまで見てしまうと、余計に捨てるに捨てられなくなった。誰かコッソリ処分してくれればいいのに。

 

 こうなったら、自分では捨てられないので、我が亡きあとに、実家の取り壊しとともに息子に処分してもらおう。みなさん、写真、日記の類、どう処分されてます?

 

(今日のおまけ)

 写真やアルバムは、葬儀や法事の時に、会場に持ち込むと親戚、知人や同級生などが懐かしんで、故人を偲んで思い出話に花が咲く。その点からすれば、喪主や施主が、気を遣って会話を繋げる必要もないので、残しておいても利点はある。

 

 ただなあ、日記は親戚へのボヤキや夫婦間の微妙なやり取りや心情が書き綴られているから、さすがにこうした席には持ち出せない。

 

 でも、これまでの葬儀で一番驚いたのは、弔問受付に、病院での闘病生活を送っている生前の姿を音声付き画像を延々と流し続けられたのには本当に困った。今のご遺族はそんなことを平気でやる。どう思います?こんなんアリ?