Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

参りますた

 一週間前は久しぶりの帰省。誰もいない部屋にポツリ独り、ラジオはあるがテレビはかろうじて携帯電話のワンセグだけだ。ブレイカーを挙げれば通電して、ほとんどの家電は動く、洗濯機、冷蔵庫、エアコンに扇風機といったところだ。もちろんどの部屋の照明器具に灯りはつく。

 

 ただ、なんといっても風呂のボイラーがー不調だ。通電しているがお湯が出ない。業者を呼ぼうにも盆中は来てもらえない。素人はだしで四苦八苦の末、やっとお湯が出た。これでひとまず文化的な生活ができる。ご近所に一言、二言ご挨拶すれば、後は、家の中ではラジオの高校野球の実況放送と「もうすぐ、お風呂が沸きます」と「お風呂が沸きました」の音だけだ。後は昼の蝉の声に宵のコオロギの虫の音だけだ。

 

 食事は専ら「すきや」の朝定食や牛丼。それに家での「いいちこ」を水代わりに。呑む前に所用を済ませ、午後からは猫の額ほどしかない小さい庭の草取り、室内・トイレ掃除や洗車、ゴミ出し等。

 

 全国各地で40℃近くの猛暑日が続いたせいか、流石にノミやダニは死滅したようで、ゴキブリなどの死骸も見当たらない。多分、室内は60℃以上の日が何日も続いたのに違いない。

 

 盆飾りを済ませ、弔問客を待つ、予め荷物や手土産を宅送してあったので、あまり苦労はしなかった。ただ、15日あたりから体調がおかしい?猛烈な吐瀉(3回)に下痢に見舞われた。こんなの何十年ぶりだ。便器を抱え鼻から口から尻から、とめどなく汚物が出てくる。

 まるで、これでは涙を流すウミガメの産卵状態だ。

 

 そのせいか3日間で風呂8回の入浴、シャワー1日6回。滅多にしない洗濯も1日3回はした。その原因は未だかって分らないが、独り身になると確実に訪れる体調不良。それは夏バテ、熱中症、暴飲暴食、急激に涼しくなったせいかもしれない。でも、吐瀉物に鰻と牛肉のが混じっていた。もしかして、すきや食べたシジミ汁つきの「うな牛丼」?食中毒だとは思いたくないが・・・・

 

(今日のおまけ)
 それ以来、水を少し含むだけにした。恐ろしくて、恐ろしくて、食べ物や酒を口にしただけで吐きそうな予感がする。18日の上京の列車では、車内販売には目もくれず、スポーツ飲料を少々口に含んでは温めて呑んだ。
 
 いつ吐くか判らないのでバックやポケットの中にはレジ袋が大量に忍ばせてある。やっとの想い出自宅に戻る。再びシャワーを浴びて体重計に乗ると出発前より4㎏以上も体重が落ちていた。これこそ究極のダイエット。未だかって体調は戻らないが来月も帰郷することを考えると空おそろしい・・・。

二杉良太郎

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選抜第一群(理工系)
東京工業大学
東京工科大学
国際工科大学
大阪工業大学
名古屋工業大学
名古屋大学工学部
日本工科大学
日本工業大学

選抜第二群(医科歯科系)
日本医科大学
日本歯科大学
東京医科大学
東京歯科大学
東京医科歯科大学
東京女子医科大学
東京男子医科大学

選抜第三群(電農系)
東京電機大学
東京電機通信大学
東京農業大学
東京農業工業大学

選抜第四群(日本・東京、体育系)
日本体育大学
日本大学体育学部
日本男子大学
日本女子大学
東京女子大学
東京大学女子部
東京男子大学
日本女子体育大学
東京女子体育大学

選抜第五群(経済系)
日本商科大学
国際商科大学
東京商科大学
千葉商科大学
高千穂商科大学
西京経済大学
北京経済大学
南京経済大学
東京経済大学
大阪経済大学
流通経済大学
名古屋経済大学
京都経済大学

選抜第六群(校名歴史系)
奈良大学
奈良女子大学
鎌倉大学
鎌倉女子大学
室町大学
桃山学院大学
江戸川大学
江戸川女子大学
明治大学
明治学院大学
大正大学
立正大学
昭和大学
昭和学院大学
昭和女子大学
平成学院大学
平成国際大学
 これどう見ても、玉石混交やな。似た者同士と云っても、トンでもない学校もあれば似非、偽校名もある。これでは、お年寄りが「オレおれ詐欺」に引っかかるのも無理もない。

 

(今日のおまけ)
人は、好意を持つ人物について、失敗をも肯定的に評価しがちである。
好きな人物が失敗しても、「あれは仕方がなかった」「あれこそが彼(彼女)の潔さだ」といった、相手を慮る評価をする。好まざる人にはこれが真逆になる

栄冠は君に輝く

 

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    昨日の全国高校野球選手権

 ベスト4をかけての第四試合

 

 近江(滋賀)対金足農業(秋田)

 胸が熱くなり自然と涙があふれた

 

 近江有利で迎えた9回裏、2-1で迎えた

 ノーアウト満塁で金足のツーランスクイズ

 見事に成功

 

 あっけなく、試合は終わった

 信じられない様子の近江ナイン

 

 タッチを潜り抜けられた近江のキャッチャー

 伏したまま顔は汗と涙で泥だらけだ。

 おわった夏に涙が止まらない・・

 きっと君にとっては、かけがえの夏になるはずだ・・

 

 徳兵衛はそう信じたい。

 

(今日のおまけ)

 春の選抜は毎日新聞夏の甲子園朝日新聞

 取り上げ方がまるで違う。

 犬エッチkの大相撲実況、TV朝日の大相撲ダイジェスト

 

 高校野球ばかりではない。応援団、チア、それに

 何とか甲子園!!

 

 そこに夏の甲子園があるのかもしれない

 

 栄冠は君に輝く (←音声・動画 ポチッ)

 

 

嗚呼、めんどくせぇ!

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   当方の知り合いにも、二言目には「ああ~めんどうくさい」を連発する人がいる。口癖になっているようだが、何につけても「ああ~めんどい」というものだから、話の腰が折れそれ以上会話は弾まないし、気分も滅入る。

 

   万事、面倒臭いと思うのは誰も同じだが、それを口にしたところで世の中が変わる訳でもない。でも連発には原因があるのだろう。体が疲れているとか、睡眠不足とか、生活のリズムが狂っているとか、何をするにしても障害があって思うように事が進まないとか、相手に対する怒りとか、いろいろな理由が考えられる。

 

   もしかして、それを口にすることによって自己を正当化しようとしているのかもしれない。大人になればなるほど面倒なことに対しては敢えて「めんどくせぇ!」を口に出さない。


 それを連呼するのはもしかして心配症や不安症、それに行き過ぎたことに対する反射的な自己防御や回避行動なのかも知れない。

 

   でも、単純に考えれば「慣れ」や「飽き」がこの言葉を生んでいると考えるのが自然かも知れない。つまり同じことを繰り返ししているとそのことに慣れてしまいその上結果が出ないと飽きがくる。そして最後に「ああ~めんどくっせぇい!」が口に出る。

 

   注意したいのは、これを云い続けると本当に何でもかんでもが面倒くさくなるばかりか、人が近寄らなくなり、運も逃げていってしまうことだ。溜息をつくたびに幸せが逃げていくということと同じ理屈だ。

 

 面倒だから、趣味は持たねぇい、会社を辞めてぇ、付き合いを止めてぇ、メシもいらねぇ、息もしたくねぇ、そして「ああ~めんどくっせぇ!生きるのも止めてぇ」と来たら最後だ。


 一度失くしたものは二度と手には戻らない。そんなご覚悟をお持ちでその言葉を口にしているんですよね

 

(今日のおまけ)
 局長も事務次官もそうだが、同期入省の職員の全てが局長や次官になれるわけではない。お宅の会社でもどうしてあんな出来の悪い奴が役員や部長をやっているのか不思議に思うことも多いだろう。部長や役員になれないと言ってそんなに落ち込むなそこの50代!

 

 役所も会社もそうだが、上に立てば立つほど「知恵者の№2」を置くより「従順な飼い犬のような№2」を欲しがる。こうして次第に組織は腐敗、後退していく。聴く耳を持たないトップや偉大なるイエスマンばかりで固めては、組織はそう長く持たない。「大塚家具」然り。

代表A.H氏を偲んで

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 かつて大型プロジェクト(PT)案件の総責任者としてその任に当たっていた当方。ある日、経営トップのA.H氏の部屋に呼ばれPTの進捗とスタッフ働きについて訊かれたことがあった。「進捗は何とか期日にカットオーバーできる」旨を回答し、スタッフについては「彼らなりに頑張っている」と答えた。そうしたら氏から大目玉を喰らった。「彼らなりに、それなりに・・」の言葉遣いに当方に驕りがあると強烈な指摘だった。そのことは今でも鮮明に憶えている。

 

 氏は、桜のトンネルで有名な浪花の○○局長も務めた方で、東大法学部時代に司法試験に合格するなど、バリバリのキャリア官僚だった。でも、民間に下っても腰が低く驕りのない方で社員を分け隔てすることなく、周囲の意見によく耳を傾け、取引先に対しても腰が低く、相手の話をよく聞く方だった。定時に退社すると寄り道することなく世田谷のご自宅に戻り、風呂場で足を丁寧に洗った後、自身の書斎にこもり仕事を続けるといった生活スタイルを貫いた。

 

 後述するが定時にご帰宅するのも、週末に奥方様と連れだってドライブがてら温泉や蕎麦を愉しんだのにもワケがあった。

 

    ある時小淵沢町の別荘で一泊し翌日ご夫妻は尾白川渓谷を目指した。奥方様を尾根に残し「滝を観てくる」といった言葉が最期で、70メートルほど滑落、頸椎骨折で亡くなられた。

 

 その後、氏を知る山友とその現場に花を手向け、掌を合わせに何度か慰霊登山をした。その模様を何度か世田谷にお住いの未亡人となられた奥方様にご報告に伺った。応接間には社葬で使われた遺影がそのまま飾ってあり、それを観ては、奥方様はいつも涙していた。


   それでも独り残された奥方様は、生きがいを見つけるとおしゃって家庭裁判所の調停員を目指すため、これからは勉強に励むともおしゃっていた。ご仏壇に掌を合わせると不思議にも小学生の男児の遺影が祀ってあった。お訊ねすると、「氏が九州に転勤した時に病で一人息子を亡くした」とのこと。その際、氏は仕事で忙しく息子さんを看取れなかったという。

 

 それもそのはず、当時、氏は多忙を極め、なかなか帰宅することも覚束なかったと聞いたことがある。それを悔やんだのか、以来、氏は定時退(局・省)社を心がけ、週末ともなるとご自身が運転する車でご夫婦だけの時間(小旅行)を楽しんだ。

 

   三回忌を過ぎたある日、当方に奥方様から、落胆したご様子で「調停員試験に落ちましてね・・・」との連絡があった。

 

 それから、半年後、妙なことに奥方様のお母さまから当方に一通の手紙が届いた。ご丁寧な御挨拶に一葉の便箋が折り込まれていた。そのお手紙には直筆で「私が亡くなったら徳兵衛さまに連絡してください・・・徳兵衛さま大変お世話になりました」と記されていた。奥方様のお母さまからの御挨拶をよく読み返すと、「○○は、A.Hの後を追うように先日旅立ちました」と書かれていた。

 

 その手紙は今でも大切に我が家に残してあるが、読み返すたびに泪で文字が滲む。氏のご夫妻は斯くもそんなに死に急いだのか、今となってはそれも誰にも判らない。 合掌

 

(おことわり)
本日、わが故郷甲州に独り帰省します。つきましては、当ブログをご愛読いただいている皆さまにはまことに申し訳ございませんが休刊日がしばらく続きます。あしからずご容赦ください。なお、再開は旧盆明けの8月18日(土)号を予定しております。

 

                                                                                       当主 甲州屋諏訪守徳兵衛