koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

遺失物

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  どうも最近忘れっぽい!スポーツクラブの会員カードに、ETCカード。この週末は探し物で右往左往。クレジット会社に警察への届け出と忙しい日々を過ごした。駅でチャージをする際に落としたらしく、当駅で検索してもらうと隣駅の緑の窓口に届け出があったというから馳せ参じて受取に・・・。  

 

   厄介なのはETCカード。使用差し止めの連絡はするは、再発行手続きで時間は喰うは大変な一日を過ごした。会員カードは事なきを得たがETCカードは、成りすましで使われたらそれまで。インターチェインジを出るまでにはあった筈なのだが、それ以来記憶がない。  酔ってもいないのに見当たらない。翌日、洗濯の干し物お胸ポケットに朝陽をあびて薄らカードらしきものが映っていて、ああ!ここにあったのかと思う始末。健忘症も此処まで来るともはや手の打ちようがない。

 

 でも、不思議なことに忘れ物をしても九分九厘必ず手許に戻る。駐在さん曰く「日頃の行いがいいと、必ず戻ってくる」とか。それにしても、こうも忘れ物が多いと運を使い果たしてしまうのではないかと不安は募る。昨日のことも、昨夜のことも、今朝のことさえ忘れてしまう。とうとうお迎えが来る日もそう遠くはなさそうだ。

 

 それを他人のせいにするのも困り者だ。自分の不始末を人のせいにする「自分を正当化する」のもたいがいにしてほしい。そのうち、みんな忘れてしまうかも知れない。老害に鞭打って生きていくのも大変だ。

 

 さて、今朝は飯を喰ったのかも定かではない。いい加減にしないと自分の命まで忘れてしまいそうだ。

 

(今日のおまけ)

 異常といえるレベルの忘れ物で考えられる原因としては極端な集中力、注意力不足、または脳の記憶障害らしい。集中力、注意力が不足するといろんなことが頭をめぐってしまい、脳が許容限界に達して大事なことさえ忘れてしまうことがあるようだ。

 

   これを引き起こす病気のアスペルガー症候群やADDではないとは思うのだが、脳のセロトニン不足が原因かも知れない。尤も、加齢による痴ほう症となどとは思いたくないのだが脳の「海馬」という部分に障害が起きているかも? 

 

   いよいよ来たか!!ところで、あんただれ??だっけ。

辻説法

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 まあ何処もかしこも、まともに動いている所やしっかり機能している所は何処にも見当たらない。国然り、官界然り、企業然り、学校然り、そして挙句に角界然りだ。師弟や徒弟制度の中にはよくあることだが、暴言、暴力、欺瞞に虚言、もうお腹一杯。その一方で、周りを見れば批判しか言えない評論家やコメンテーターばかり、スレッド見れば、まともに頷けるようなコメントは何一つ見られない。批判、評論は簡単に誰でもできるので、言って言い放しの状態が延々と続く。

 

 それにしても、日本国技ともいえる相撲の世界で外国籍のモンゴル力士同士が酒席で暴行。皮肉な話でしかも加害者は「横綱日馬富士」とくれば開いた口が塞がらない。旧社会党の浅沼委員長が壇上で「話せばわかる!」と説得するも暴漢に刃物で刺され命を落とした状況を思い出す。

 

 説教途中でスマホに着信があったことから、横綱はさらに激高。頭蓋亭骨折に髄液が漏れるぐらいだから、双頭の力が加わり投打が複数回に及んだことは想像に難くない。横綱は弟子に説教と弁解したが、「説教」の本来の意味が解っていない。

 

  「説教」は教えを説くことにある。つまり「教え導くために 言い聞かせる」という意味がある。ただ、説教を一歩間違えると説教する側の価値観や自分の正しいと思うことを一方的に押し付けようとすると今回のような事件に発展してしまう。説教は評論家如く誰にでもできるが、そこにいくと似た言葉の「説法」は「説教」とは全く意を異にする。説法とは、物事の道理を自分で理解させ、その上の判断は自分で考えさせること。「云って聞かせてさせてみて、褒めてあげねば、人は動かじ!」なのだ。

 

(今日のおまけ)

  電車内の車掌アナウンス気にしたことあります?JRは車掌の口調癖はあまり気にならないが、私鉄はすごーく気になる。統一口調でアナウンスするのは西武鉄道、これが東武線や田園都市線ともなると癖が強すぎて却って耳障りとなる。

 

 「大変ナガラク、オマタセイタシマシーッタ」「間もなくハシャシマーッス」と云う風に語尾の最後を妙に伸ばし、撥音できる。

自己解釈

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  歳は取ったが、まだまだ人間が出来ていないというか、若造で、ナンにでも喰ってかかってしまう徳兵衛。年寄りの「ひねくれ」と「へそ曲がり」は質が悪い。他人に怒ってみても自分自身に怒っていることに気がつかない。つまり力み過ぎて却って動きが窮屈になっていることを、未だに悟っていない。

 

 そんな当方、折しもある方にそのことについて相談したところ、面白い答えが返ってきた「『乗り越えられそうもない眼前の高い壁。その壁を乗り越えてこそ自信と勇気が沸き、人生の奥行きができる』と、もっともらしく体育会系的発想のようなことを云う人がいるが、私はそうは思わない。越えられない壁があったなら壁に沿って歩けばいい」と。

 

 なるほどね、妙に説得力ある返事に納得した徳兵衛。ジャッキー・チェンの「ドランクモンキー酔拳」のようにすればいいのだと勝手に解釈しまった。要は肩の力を抜けばいいんだ。 でも、自分自身では、いつも、そんなに肩に力は入れてないのが実感。そもそも「肩に力が入る」の本来の意味が解っていない。

 

 そこでもう一度、その方に聞き直した。そしたら「徳さん、疲れていないねえ、身も心も疲れた状態にすれば、自ずと力が入らないという状態になる。それが『肩の力を抜く』ということでっせ。」、「まだ、枯れてないねえ」だと。なるほどね、それ以来「あなた任せ(他力本願に)すりゃ、楽ちんジャン」と曲解した当方、これでは何時までたっても疲れることはない。いつまで行っても自分に都合よく解釈する当方であった。

 

(今日のおまけ)

 今日のテーマのように、どう見ても当方のように勘違いしている人が周囲に多い。だいたい、そうした人種は、自分に陶酔しているか自意識過剰で演出がかったオーバーな言動をしがちで感情の起伏が激しい。習性として立ち止って振り返ることをしない(できない)タイプの人間に多い。

 

 こういうタイプの人間に幾ら説教こいても時間の無駄。「三つ子の魂百まで」の如し。そうした人には近づかないようにして距離を取った方がいい。あれ?いつの間にか当方の周りに誰もいないじゃん。これって自業自得???

お宝

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  お馴染みのTV「開運!なんでも鑑定団」は、NHKの「素人のど自慢」にも似て、何となく魅かれる番組だ。最近は値の張るお宝もあって、素人の当方でも、多少なりともその真贋が分るようになってきた。

 

 「おーい、家には金になりそうな家宝はないか?」と家人に聴いたところで「そんなモンあるわけないじゃん」と、そっけない返事。1964年の東京オリンピックからせっせと集めた記念コインはこっそり渋谷のコイン商に売り渡されてしまうは小学生の頃から集めた記念切手もいつの間にか手許から消えた。

 

 女房の実家を処分した時に持ち帰って来たのは旧式の蛇腹付のカメラと掛け軸一本、それに一刀彫の大黒天の置物(掲載写真)ぐらいで金になりそうなものはない。あるとすれば、天皇在位50年を記念したコインセット。でも、それとて10万円金貨を換金してしまいセット価格とすれば二束三文の価値しかない。あと我が家で金になりそうなものと言えば、スピードスケーターの岡崎朋美富士急行)が当方宛てにサインしてくれた色紙ぐらいしかない。

 

 ガサばらなくて価値のありそうなものは、やはり現預金だ。外国紙幣と2千円札も多少あるがその価値が判らない。そういえば、亡くなったお袋が生前、お前だけに言っておくといって「葬式代として2百万円が台所下の漬物壺にある」と聞いて勇んで確認したことがあった。当時、確かに新聞紙に包んだ現金があったことだけは覚えていたが、その後、いつの間にか消えていて、その犯人は未だに判らない。

 

 さて、当方の実家にあると言えば、お袋が内職で使っていた足踏みのミシン、置物、親父愛用の碁石と碁盤ぐらいしかない。さて、今日、明日と実家の物置と屋内の整理。歳暮、誕生日、クリスマスとお年玉と何かと物入り、残された者に少しでも心配を掛けたくないのなら古着や布団の中に多少なりのお宝が隠されていますように・・・

 

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(今日のおまけ)

 洗濯物のポケットに入れ忘れたお金。道端で拾った現金を見つけた瞬間、なんてあんなに嬉しい気持ちになるのだろうか。予期しない時と場所でそんなラッキーチャンスが訪れると感激極まりない。

 

 でもこれまでに、落とした現金、スラれた財布、置き忘れたカメラに携帯電話、そし別れた人々。どう見ても当方のキャッシュフローは出超。病にも罹っているのだから後は事故や怪我に気をつけるだけだ。この先の出金や損失は年金生活者には随分と堪える。

快復力

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   一時、故黒川紀章に代わって最近、なぜか建築家の安藤忠雄のマスコミ露出度が多い。氏はボクサーの経験もあるが癌に侵され、脾臓やすい臓など臓器のほとんどを摘出してもなおその生命力と人生の取り組みへのダイナニズムには圧倒されてしまう。

 

 仄聞したところによると、氏の快復力の高さには以下のとおり4つのポイントがあると聞いた。

 

  ① 纏(マトイ)い振り  足を肩幅よりやや狭く開いて・うつむきかげん(腹部の上部を刺激する)で体を左右にねじり、左(右)にねじった時に右(左)のかかとを見る。ついでに、足を大きく開き・体を反らして「纏い振り」をすると、下腹部を刺激し、泌尿器系・生殖器系の病気を改善・治癒・予防するらしい。

 

 ② 横隔膜呼吸  ゆっくり腹部を凹ますようにしながら最後の一滴まで息を吐き、胸を膨らませながら・横隔膜をひきあげるように・大きく息を吸うことが大切だそうだ。 

 

③ 臍見腹筋 仰臥して・手を頭の後ろで組み、臍を見るような腹筋運動をする(肩をあげるだけでも良いらしい)。 ついでに、両手を下腹部に重ねて「臍見腹筋」をすると、下腹部を刺激し、泌尿器系・生殖器系の病気を改善・治癒・予防するらしい。

 

 ④ 足裏指圧。  それぞれの臓器の経穴(反応点)を指や指圧棒で押したり、金槌で叩くのもいいらしい。    いずれも実証済みで、癌に罹患してもなお10年以上も生存している90歳代の患者もいると聞く。

 

   前出のN御大は当方のブログの存在を知らないが、もしご覧になっていればと思い掲載したした次第。「命は時なり」早い快復を祈りたい。

 

  (今日のおまけ)

 徳兵衛のサラリーマン時代、スーツの着こなしには「コダワリ」があった。まず、ベストを装ったスリーピースは着なかったし、サスペンダー、チョッキやカーデガンも身に付けなかった。また、黄色やピンクのワイシャツだけは着ず、糊のきいていない物も着なかった。柄物のワイシャツには無地のネクタイまたはその逆に努めた。カジュアル姿の時でもブルージーンズは履かなかったし、ジーンズに黒革靴はなおさらでジーンズを履くときは必ずと言っていいほどウェスタンブーツを履いていた。

 

 フォーマルでもカジュアル姿でも気をつけていたのは、腰回りと足元。メタボ腹にベルトからワイシャツがだらしなさそうに出ている同僚や上司もいた。経験上そんな人に限って、どんなに頭は良くても仕事は出来なかったし、センスもなかったことだけは断言できる