Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

出費は続くよ♪いつまでも・・♪♪

f:id:koushuya:20180620085921j:plain

   先日、孫のケン・ケン(写真)のお宮参りに子供家族、当方夫婦ともども、某神社に参詣した。ここでの参詣は二度目となったが、初穂料は実質2倍の値上がり。しかも、たかだか4年間で。よく見ると社殿屋根の葺き替え用に足場が組んである。お寺では檀家、神社では氏子がその費用を負担するが、負担の多くは参拝客などからの賽銭やご祈祷料によって賄われる。

 

    生産や商品販売をしている訳ではないので、「お気持ち」だから合理的、妥当な価格などはない。まさに鰯の頭も信心からで、神社仏閣に由来する信仰心も事業として充分成り立つ。

 

   そのうえ宗教法人や学校法人にあっては、軽減税率が適用される。このため新興宗教や新設校の新設申請が後を絶たない。

   ケースによっては、現在では実体のない過去の法人登記を買い漁って、脱税や税の優遇等の恩典を受けるための道具にも使われる。

 

  さて、家族ともども社殿に上がり、お祓いと短めの祝詞を承けるが。宮司の御祈祷料を時給換算すれば5万円にもなる計算。儲けの多いお仕事だ、コリャ!タマランワ!。ただ、これも孫の健やかな成長を願ってのことだから仕方がない。こうした慶事のほか入園、入学、節句、クリスマスにお年玉と延々と出費は続く。

 

    どこでもそうだが親からそのようにして貰ったから、子供、孫に限らず分け隔てなく「お祝い」として、今度は親として当然その費用の多くを負担する。それも子のため、孫のためと思えば仕方あるまい。

 

    参詣中、見知らぬ参拝客から声を掛けられ、鳥居の下で何十枚もの写真を撮ってもらった。「お礼に何か・・」とこちらから切り出したが、その御仁「皆様方の微笑ましい御姿をみているだけで、沢山の幸せを戴きましたので、それだけで結構です。」とおしゃって、足早に境内を去られた。

 

   世の中にはお金だけではなく、こんな奇特な方がいると思っただけで心が救われた気分だ。いつの間にか当方、御祈祷料のことなど、すっかり頭から消えていた・・。

 

(今日のおまけ)

    子供が生まれてから1年間は、なんと行事の多いこと多いこと。お七夜(命名式)は、生後7日目の最初の行事   そして、今回のように氏神様に子供の誕生を報告して、無病息災を祈願するお宮参り。今回は男児だから生後31日目(女児は生後32日目)を目安に執り行った。

 

    さらに、生後100日目に行う「お食い初め」。今回も、この子の歯が丈夫になることを願って、神社の境内で拾った歯固めの石を持ち帰った(この石を噛ませて、それが終わったらその石を神社に帰すのが慣わしヨ!)。

 

 で、それを終えると今度はひな祭り(雛人形は母方から)やら、端午の節句(武者人形や鯉幟は父方から)などの初節句

    さらに、一年経つと「一升餅(1.8㎏)」を背負わせて歩かせる。これは、まだ上手く歩けない赤ん坊にわざと重いものを背負わせ「一生背負いきれないほどの食べ物に恵まれるように」と、親の願いを込めたイベント。

 

    あっ!!いけねぇ!それに1年目には初めての誕生日が必ずやって来る。1年目以降も年金受給者の爺婆の出費が延々と続く。

噺家

f:id:koushuya:20180619003320j:plain

  短距離走者と長距離ランナーでは、筋肉の作りが全く違う。瞬発力が求められる筋力と持久力が求められる筋力とでは、その造りが全く違う。中でも一番きついのは、ハードルでもリレーでも400メートル・トラック選手の筋力だ。 

 

  この競技は、息を止めてトラックを一周するようなものだから、体力と精神が極限の状態で競技する。ゴールで倒れ込む選手を見ていれば、どれほど過酷な競技かお分かりだろう。   さて、短距離選手は長距離ランナーにはなれないし、逆にマラソン選手は、100メートル走選手にはなれない。この間、早朝のお散歩でラジオから噺家が落語を説いていたことを思い出した。

 

 落語は、高座があって舞台もなければ、大道具もない。あるのは手ぬぐいや扇子ぐらいの小道具だけ。噺によって、観客にそのシーンを想起させ、主人公の顔つきや人柄などを想像させ魅了する。そこに落語の奥義と面白味がある。云うならば、自己完結型の独り芝居に観客がこぞって魅かれるのである。

 

    では、なぜ噺家立川談志のごとく政治家にはなれても役者になれないのか?噺家は一旦高座に上がれば孤独で相方も共演者も相棒もいない。たった、独りで間をとり、噺をオチまで持っていく。その過程がたまらなく面白い。故林家三平や園鏡が得意とした現代落語は人情や心を打つような噺がない。ただ、ただ面白さだけを追求し、ダジャレを連発するものだから話に巧みさや深みがない。つまり、こうした噺家の話は左耳から入って右耳に抜けてしまう。

 

    落語によく出てくる主人公は八っあん、おツタ、与太郎熊五郎とご隠居に大家が出てくれば話は完結する。そのうえ、キャストは勿論のこと、噺の基本は小言と駄目出し、それを観客に気づかせて悟らせるのが落語かもしれない。

 

  落語によく出てくる「おめえよ!何でそんな事も分からねぇんだ。今まで何をして来たんだ!」といった言い回しがそれを物語っている。

 

  番組の最後に春風亭昇太がこんなことを云っていた。  

 

   演劇は稽古場があってみんなで稽古して、終わって飲みに行ったりして、稽古期間のON、OFFがはっきりしていていい。落語は稽古場がないから、家でダラダラしながら、どこからが稽古でどこからが休みなのかはっきりしてないから非常に不健全だ。大事なのはもちろん本番だが、その為の稽古がちゃんと出来る人じゃないとこの道で大成することはないと断言できるとしていた。

 

  ここにこそ、噺家と役者の違いがあるような気がした。

 

(今日のおまけ)

    古い表現をすると落語家(らくごか)は、話家・噺家・咄家(はなしか)ともいう。

 

    落語家の演ずる噺は大別して二種類あるそうだ。   その一つに、落とし噺:噺(はなし)の終わりに「落ち(「さげ」とも言う)」がある噺。「落語」がこれに該当するそうだ。

 

    もう一つが、人情噺:親子や夫婦などの情愛を主に描く話。噺の終わりに「落ち」が無いから、こうした演目はあえて「落語」とは言わないこともあるそうだ。

 

    そして落語界には、厳しい徒弟(身分)制度がある。入門するとその身分は前座見習いから始まり、前座(ぜんざ)、二つ目(ふたつめ)、そして最後に真打(しんうち)となる。つまり高座の出番が前座、二つ目、そして高座のトリが「真打」となる。

 

 当方の人生、いつまでたっても前座まで・・・。とうとう最後まで「真打」にはなれなかった。

犯人製造機関

f:id:koushuya:20180618010836j:plain

  2000年12月末の世田谷一家殺人事件と同じく1975年5月に世田谷女児餓死事件があったのをご存じだろうか。世田谷区の高級住宅街で、某銀行の本店企画室次長が、当時2歳になる知恵遅れの次女を餓死させたとして殺人罪で逮捕された事件だ。

 

    当時は、「障害のある、無抵抗の幼児に、実の父親が食事を与えず餓死させた」、「東大卒のエリート銀行員が障害者の娘を虐待死させた」などという論調で報道機関はこの父親を叩きまくり、それに世間も踊らされた。大衆やマスコミは、悪は悪で叩き、常に弱者サイドに立つことを嗜好する。その結果、この父親に対して、苛烈なまでもの非難が集中した。

 

   その後、この娘さんは、医学的に食べ物を受けつけない状態(拒食症)にあったことが判った。この父親は最後まで、娘さんに少しでも食べ物を食べさせようと必死の努力をしていたことが判明したが、その努力の甲斐もなくその娘さんは亡くなってしまった。 それでもこの父親対して、世間はその行為を鬼の所業と断罪し、裁判でも父親の行為を「苦しみ悩んだ末の犯行」と認定、判決も執行猶予付き有罪とした。

 

   そしてこの父親は、判決当日の夜、小田急線に飛び込み自ら死を選んだ。 自殺翌朝の朝日新聞朝刊にも「無罪信じてショック」「ぼう然、悲しみ訴える妻」との見出しが並んだ。少なくともこの事件、当初の報道からは真相や事実は見えない。最近の新聞やテレビ報道の姿勢は経年劣化しバケの皮が剥がれつつある。

 

 「報道の自由」に名を借りた事実の歪曲、言論誘導、印象操作、虚言や妄想に近い内容や行き過ぎた取材活動も顰蹙ものだ。

 

   この事件を契機に、購読者や視聴者は警察発表や報道を鵜呑みにしなくなり、とくに週刊誌ネタのような出来過ぎたストーリー性のある記事や続報が無い報道は疑ってかかるようになった。繰り返しになるが、TVや報道が「こいつが悪い」と伝えれば善人でも悪人となり、反対に、「弱者」「可哀想に」と伝えれば世間は勝手にそれを信じ込んでしまう。

 

   残念ながら皮肉にも、この事件から20年後、再び「松本サリン事件」が起きてしまった。

 

(今日のおまけ)

   松本サリン事件:1994 年6月、長野県松本市で発生した被害は死者8人、重軽傷者660人。事件直後、被害者ながら事件への関与を疑われ“犯人”扱いされたのが河野義行氏。

 

    長野県警は執拗に取り調べを行い、マスコミも連日のように河野氏への疑いを記事にした。その上、本人が入院中も大勢の記者が病院に押しかけ、退院後も毎日報道陣が自宅を取り囲んだ。取材活動はさらに過熱化し、取材依頼の電話や嫌がらせの電話、脅迫状まで送られパニック状態となった。

 

    実は、お恥ずかしながら、ことあろうこの徳兵衛も野次馬の1人として河野氏の自宅を興味本位で覗きに行っていた。

 

   この冤罪、長野県警の初動捜査のミスとTV朝日の薬物専門家と称するコメンテーターの一言で一気に河野氏を犯人仕立てたばかりか、挙句にこの事件の14年後、サリン中毒による低能酸素脳症で意識が戻らないまま最愛の奥様を失くされた。

モテキとイヤイヤキ

f:id:koushuya:20180617004528j:plain

   人生には三度モテる時期が到来するというが、これをやり過ごしてしまうと三度目以降、その人にモテキは到来しないという。最初にスキになった娘とは中々一緒になれないのは世の常。もし初恋で結婚した人がいたとすれば、それは、一度目のモテキで恋が成就したことになる。これは、まさに奇跡に近い。

 

   一度目のモテキは必ず流れる。これを二度、三度と相手に一度目と同じアプローチをしては、あっという間に人生三度しかないモテキを逃してしまう。一度目の失敗を二度目に繰り返さないこと。そして二度目の失敗を三度目のモテキに活かせなかったら、自身の賞味期限どころか消費期限を自ら切ってしまうことになる。恋の女神は貴方の人生に三度しかチャンスを与えてくれない。

 

    さて、生後1歳半から2歳にかけて乳幼児にはモテキとおなじようにイヤイヤキ(期)がやって来る。これにはママの手を相当煩わせることになるが、これは子供にとっては第一次反抗期とも云われ、人生の最初の親からの自立と見る向きも多い。

 

   どんな人でも、親、子や伴侶といつかお別れする時が来る。このイヤイヤ期、その日のための最初の経験とみてはどうか?絶対服従してくれると思って親がきつく、子供に躾をしたところで再び「イヤ!イヤ!」が繰り返される。大人になっても好きな物だけに手を出したり、順番が待てなかったり、上司の命令にすぐキレル人も多い。これは脳内に感情制御機能(前頭前野)が発育する過程に起こる現象だと専門家は指摘する。

 

   つまり成人になっても「イヤ、イヤ」を繰り返したり、すぐに「キレる」人間は、乳幼児と同じで未だ発育過程にあるということになる。

 

  ママ「これに着替えようね」「イヤ!イヤ!」

   ママ「オムツを変えましょうね」「イヤ!イヤ!」

   ママ「爺とお散歩行きましょう」「イヤ!イヤ!バーバ(婆)とクック(靴)!」

     この場合の当然にして「爺」とは、当方のこと。

    ママ「じゃあ勝手にしなさい」「ママ、ママ!」と懇願。

 

   これがいつもの我が家のパターン。 ここで、ママがマジ切れしたら子育てはここで終了。子供がママの指示どおりに動かないばかりかママの後を金魚のフンのように追わなくなったら、それは「自分で行動したい、自分で選んでみたい」と自我と自立の目覚めだ。 とは云え、中学生になっても、高校生になっても、大人になってもモテキもイヤイヤ期も来ないまま人生を送っている人は周囲に意外と多い。

f:id:koushuya:20180617004630j:plain

(今日のおまけ)

 最近、孫娘はこの爺(当方)を呼び、手を取るようになった。先日、暗がりの廊下の照明器具を点灯させたら、それに興味を覚えたらしく「ジジ!ダッコ」という。そして「アタチにスイッチの入り切をさせろ」と、いわんばかりのご指示、本人が飽きるまでこれを延々と続ける。それに、婆さんの使わなくなったガラケーを引出し持ち出してきては、爺と話をしたいと駄々をこねる。

 

 どうやら、この孫娘、順調に発育しているようだ。気がつけばいつの間にかベビーカーにも乗らなくなったうえ、幼児用のオモチャでも全く遊ばなくなった。早稲な娘子になるかも知れない。

 

沈黙は金、饒舌は銀

f:id:koushuya:20180616035413j:plain

   6月12日の歴史的な米朝会談だった。みなさん!!本当にそう思いますか?ニクソン米大統領が訪中した時のような衝撃もなければ、小泉首相が訪朝した時のような驚きもなかった。

 

 一方的にトランプ大統領が喋りまくりの長広舌、金委員長は緊張か怯えなのか言葉は少なかった。でも、それが功を奏し金委員長が手にしたモノは大きかった。非核化に向けて、何の具体策やロードマップも示されないまま大統領が金正恩体制を保証してしまった。単なる政治ショーなのか米の中間選挙を見据えたパフォーマンスなのか。おまけにトップシークレットの大統領専用車の車内まで委員長にご披露。さらに米韓軍事演習も止めてしまうことに。

 

   中身がピーマン、本当にサッパリ判らない内容の無い会談だった。と、思うのはこの徳兵衛だけなのか?

 

 シンガポールはこのB級グルメ的な政治ショーために16億円を拠出し、中国も要人専用旅客機2機を北朝鮮に提供した。その上、北の非核化に向けてコストは日韓が負担すると勝手な物言い。呆れたのはロシアン・ゲートで大統領が弾劾、訴追されれば自らに恩赦を与えるといったお粗末。

 

 拉致問題は、解決済と一蹴され外交は停滞。国内は相変わらずのモリ・カケの学園広場!今回の会談で得をしたのは中国と記念缶を売り出したコカ・コーラくらいだった。

f:id:koushuya:20180616035804j:plain

 

 多分、この会談をきっかけに、中韓が制裁を緩和、瀬取りの実施や貨物輸送の復活を大々的にやり始めるだろう。そして、北朝鮮は、密かに水面下で行っていた核関連事業を再開するのに違いない。

 

   こうなると、どこの国でも核を持てば米国の譲歩が引き出せるかのような誤ったシグナルを全世界に発信してしまったようで、気が気でならない。いつか来た道、これから行く道も茨の道だ。 

 

(今日のおまけ)

    米中の裏事情、裏交渉やシナリオは判らないが、ポンペイオとボルトンの要人2人が同席してこのありさまだから、とんだ猿芝居だ。「アメリカは、北朝鮮にいっさいカネを出さない。」とトランプ米国大統領が公言している。 

 

    カネが無ければ、キム・ジョンウン独裁体制の保証を行うことは不可能になる。リビアの独裁者カダフィは、核放棄した後、民衆暴動によって惨殺された。

 

    最初から言われ続けて来たように、核放棄を行う北朝鮮リビアと全く同じことで、もしも経済復興が無ければ、民衆によって独裁者キム・ジョウンは殺される運命だ。    日本からの要求に応じないのであるならば、北朝鮮への経済支援は完全廃止させなければならない。 日本には拉致問題だけでなく、北朝鮮から日本へ向けられている中距離・短距離ミサイルを 完全廃棄させる必要があるのだが・・・・。

 

   拉致問題もさることながら、日本国内の在日朝鮮人在日韓国人・ 朝鮮総連韓国民団・朝鮮学校韓国学校については、依然として大甘の対応だ。

 

    一体、この国の主権は何処にあるのか?最近このことが不思議でならない。