Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

ええ話やな

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   なんとペンキ屋の好男から、実家のポストに「同級生の常盤好男より」との手紙の投函があったと実家の隣の奥さんからご丁寧な連絡が自宅にあった。

 

 この奥さん宅には、実家に不審者や不審火があってはいけないと、郵便物の回収から見回りまでをお願いしている。庭の草取りや剪定、襖、障子の張り替えや屋内の清掃などには市のシルバーセンターにお願いしている。だから、両親が居抜きとなった現在、実家に帰ることに抵抗感はない。

 

 この好男君、穴切小学校の校門前でご家族で塗装店を営み、小学校時代から中学校を卒業するまで家族ぐるみのお付き合いをさせていただいた。いわば当方と好男君は「竹馬の友」といった間柄だ。

 

 早速、好男君宅へ電話をする。奥さんが出られ「なんか、同級生を名乗る徳兵衛さんとかいう人からアンタに電話だよ!」といかにも不審者からの電話だと言わんばかりに、電話越しに夫婦の会話が漏れてくる。

 

 ことの経緯を好男君に話し、ご納得いただいた後に、さて本題。55年ぶりに中学の同窓会を開催するという。準備にはクラスごとに幹事を決め来月12日に市内のホテルを借り切って同窓会発足式を執り行うとのこと。当日は当方も参加し60~70名が集う予定だ。

 

  本チャンは今年の10月だが当時のクラスは13クラス。1学年だけで悠に600名を超える中学校ならぬ大学校だ。当日、何人集まるか判らないが、今からその日が待ち遠しい。中学名は甲府市立西中学校。当時穴切小学校から西中学校への進学コースは田舎もんや下町のクソガキども歩んだイタズラ小僧のエリートコース。

 

 なぜ、この話が実現したかというと、お袋の葬儀に好男君が参列してくれた。葬儀も落ち着いたある日、会葬御礼にと好男君の自宅まで足を運んだ。「おい!トキワ!同窓会を早くしんと、先生も、おらんとうだってすぐにお陀仏になっちもうぞ。1度だけでいいから同窓会をやったらどうでえ、するじゃんか?」(甲州弁)その当時は「あー!ほうけい」(甲州弁)と頼りない返事だった。

 

 後に判ったことだが、実は好男君はそのことをハッキリ覚えていて、それから2年以上が経ってやっと実現の運びとなった。好男君ありがと~ね。持つべきはオ・ト・モ・ダ・チ。

 

(今日のおまけ)

   中央本線を挟んで甲府駅甲府市の北側を「山の手」、南側を「下町(ダウンタウン)」という。昔からこの山の手にはお金持ちが多く棲んでいてそのお子さま達も頭がよく進学率も高かった。

 

 まあ、今思えば下町のクソガキどもは、敢えて口にはしなかったが山の手の住人に対して異常なほどのコンプレックスを持っていたように思える。

 

  当時の「山の手」の小中学校

  小学校:新紺屋、山梨大付属、朝日、塩部、羽黒、千塚、相川、北新、千代田、池田 

  中学校:北、北東、山梨大付属

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  当時の「ダウンタウン」の小中学校

  小学校:穴切春 日、富士川、伊勢、貢川、甲運、玉諸、山城、東、石田、新

               田 、湯 田、里垣、国母

  中学校:西、南、南西、東、

 

    中央本線以南にクソガキどもが多いこともこれで頷けるだろう。