先日、早朝散歩の途中、ラジオ深夜便で国際派和太鼓奏者「林英哲」のインタビューを聞いた。波乱万丈の人世の経歴を興味深く聴いた。
和太鼓はテンパニーのように音階や音域が取れない。つまり打音の強弱だけでしか表現ができないらしい。太鼓を始めたそのきっかけは?と質問すると、1992年の東南アジア青年の船です。中学生の時、担任の先生がJICAでの活動体験を話してくれたり、インドネシアとの交流事業に参加する機会があったりと、小さい頃から日本の外に向く目を持っていたと思ったという。
そして、興味深いのがその音色。子どもが泣きじゃくるコンサートホール。太鼓をたたき始めると、その子の鳴き声がピタリとやんだ。どうやら太鼓の音色は羊水の中にいる胎児の聴音ににて、音階がないもののその鼓動は安心感をもたらすらしい。
そういえば、太鼓の音色は盆踊り、お祭り、運動会と多彩な場面でバチと太鼓の音色が音を奏でる。懐かしい限りだ。
列車のレールの音も「ガタゴト、ガーターん」と五月蝿い乍ら規則正しく和音を刻む。これも胎教の潜在的記憶か?その母も亡くなって丁度7回忌。戻りたくてもあの頃には戻れない。淋しい限りだ。