Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

大島康徳氏を偲んで・緩和ケア(3-1)

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 オオシマ監督のご不幸を引き合いに出すまでもなく、病による痛みや、辛さを緩和するとは一体何ぞや・・?当方もがんにて、大学(総合)病院への入院・手術・退院と一通りの経験をした身。大凡の病状進行や病院・医師の対応や周囲の反応は理解できる。

 

 振り返ってみれば、まず、病名が決まって手術日までが長いこと長いこと。政治家、著名人やコネクションを持っていれば特患として即入院、即手術と厚遇なのだが、一般患者は初診・紹介状だけでは、そうは簡単にことは進まない。手術まで最短でも2~3か月は待機するのは当たり前。この間、病状が進行したところで病院としてはあずかり知らぬ処。

 

 ただ、受診したのが大学(総合)病院のせいか、主治医の差配なのか一度手術日が決まると意外とそのあとの運びは早い。驚いたのは、入院、速、翌日手術なのだ。しかも前日は普段どうりに病院で夕食を頂いて、シャワーを浴びて。優しい看護師にも付き添ってもいただいた。そして入院も二週間足らずだった。

 

 さて、今は死語となった「ナースセンター」に近い部屋ほど・・重篤患者が多い。夜中にわめき散らす患者やナースコールを頻繁に訪れる患者も少くない。そうなるとセンター内で拘束する。でも、それが騒がしく五月蝿くて少しも眠れない。

 

 手術を終えてICU、MCUから一般病棟に移るまでしばし、センター近の病室に逗留したことがある。大きな部屋にベットはたった二つだけ。次々と運び込まれてくる患者は行き先が決まるまで、しばしのご入室。

 

 そこで見たのは、いろんな病を背負った患者にそれを取り巻く家族や関係者たちだ。ある日老夫婦が入って来た。旦那は元職人らしく癌が全身に転移しているらしい。カーテン越しに夫婦の会話を聞いているとお互いに覚悟は決めてるようだった。

 

 主治医や看護師とのやり取りで、「もう、助からないのは分かっている。だから、苦しまないように緩和ケアをお願いしたい」という。奥方様も落ち着き淡々と会話が進む。病院側から「それでは、近いうちに上階の緩和病棟をご案内します」と。夫婦共々、覚悟を決めた物言いに、ベットの上でジタバタしている自分がやけに小さく見えた。

 

 「ところで、先生、緩和ケア病棟に入るにはどうしたらいいですか?」

 

 Dr「患者さん本人が自分の病気をしっかり受け止めたうえで、本当に緩和ケアを希望されている事が大切。ご本人が必要としている事、知りたい事については原則としてありのままお伝えします。ただし、症状を理解できない方や病名をは知らなくても、不治の病であって積極的な治療を行わないことを、本人や家族が十分に納得されている場合に限りお受けします」とも。

 

 この続きは次回に、返す々も大島氏が亡くなったことが悔しくて辛い日々の毎日だ。 

                                   合掌