Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

映像がなかった時代には

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    教室の黒板に向かい、先生が書いていることを必死にノートを取り、繰り返し、繰り返しの反復で知識を詰め込みそれで試験もクリアしたことを憶えている。

 

     そして、ラジオしかない自宅に戻れば、後は古本の小説を読むだけだった。だから字面を目で追うのはさほど苦労ではない。歴史の遺品ともいうべき「蛍雪時代」だ。それに恩師の自宅にお邪魔するととても先生が喜んでくれたことが甦る。

 

     時に、このように映画やTVといった動画がなかった時代は、懸命に本や小説を読んだ。行間隔された言葉遣いや響きの端々に想像力を働かせ、自分だけの世界に耽っていた。それが今はどうだろう動画はともかくVRなどの仮想空間が人間の思考と視覚をマヒさせる。

 

    ときに、息子が松本市内の廃業となった映画館をそっくり買い取りたいと熱望した時季もあったのが今でも懐かしく思える。

 

     現代脳(ゲーム脳)は頻繁に錯覚を誘発し、仮想と現実の区別がつかなくなってしまい、感情の制御さえ効かなくなってしまった。特に、小中学生への悪影響は特に大きい。

 

     翻って、当方がやけに冗長に、当ブログに駄文を重ねているがこれは幼少期の育った環境にビジュアルな世界が殆どなかったのが原因なのかも知れない。

 

    夕ご飯の折、構わず隣の家に「オバちゃんTV見せて・・」、「街頭や電気屋の店頭で力道山のプロレスを見ては庶民は大いに喜んだ」のも、「映画館に保護者同伴で映画を見に行った」のも、そうした歴史の裏返しだ。

 

    どうやら、あの頃時代の方が想像力や感情が掻き立てられて今思えば、「心」も豊かだったような気がする。かくいうこの拙者も、こうして脈絡のない字面をならべることを厭わないのもそのせいだ。