Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

華厳の滝にでも?

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  「難渋」という言葉をお尻か。一億火の玉、この難局を乗り越えれば神風が吹く、我慢さえすれば、それまでの「生活・文化様式」が元通りになるとどえりゃ~勘違いをなさっている方がこの処増えた。それにお年寄りの戦前、戦中派にもそうしたお考えをお持ちの方も多い。

 

    でも、今回のチャンコロ・ウイルス蔓延、どうやら、この生活様式の変容は数年、いや数十年に及ぶかもしれない。そして、かの懐かしき光景は戻らず、この徳兵衛その行く末をも見極められそうもない。そこで、今日は以前取り上げた「難渋」という言葉の意味を改めて考えてみた佳子。

 

    「渋滞」や「停滞」の意味は、主に物事が滞ることであって、「難航」や「難渋」とは、はかどらないことの原因解明が困難であって、いわれもない障害などを指す言葉のようだ。

 

     厳密にいうと、「渋滞」とは、高速道路の車の渋滞のように、わずかずつでも動いていることをにいう。そして「停滞」とは、停滞前線のように一か所にとどまって動かないことをいう。

 

     それに比べ、「難渋」とは、兎に角、訳も分からずに結果に対して、苦難、苦労することまでのことをいうらしい。止まっているのか少しでも動いているのかそれさえ分らないのである。物事が快適に進めば「順調」となるのだが、世の中そんなことばかりではない。

 

      悩みや苦しみに苛まれることの表現には、「苦慮している ・ 苦しんでいる ・ 苛まれている ・ 苦悩している ・ もだえ苦しむ ・ 苦悶する ・ 身を焦がす ・ 悶える ・ 悶え苦しむ ・アップアップする ・ 苦しい状態になる」などがある。

 

      それに、「苦しい状態に陥る ・ 苦境に陥る ・ 一杯一杯になる ・ 苦しみ喘ぐ ・ 苛まれている ・ 苦悩している ・ もがき苦しむ ・ 苦汁を味わう ・ 懊悩する ・ 深く悩む ・ 悶絶する ・ 悩みに悩む ・ 悩める ・ 悲鳴を上げる・苦しみを味わう」といった表現もある。

 

    邪魔や障害があるせいで物事の進行がなかなか上手くいかないこともある。それはそれで「支障」や「困難」と表せられ、でも確実に少しでも一歩でも進んでいることだ。だから、今ここで起きていることに対して、あれこれと考えを巡らせることもできるし、解決策を探ることや知恵を絞ることも出来る。

 

 でも、この「難渋」は実に厄介だ。原因すら分からないから対処のしようがない。いまこの世に起きているのはこの「難渋」なのだ。併せて我が世のこの人生も「不可解なり」。

 

   現実も人生も思うようにならず、これまた不可解なり・・・ならばいっそ華厳の滝にでも飛び込んでみるかい   (●'◡'●)