Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

本当のソバの味とは?

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  「信州、信濃のソバよりもわたしゃ!貴男の傍(そば)がいい・・」、その一方で親は子をイジメ、その子も亦、親をいじる。親をイジメ、こどもをイジメる。これは愛を超えた極限の弱肉強食の世界、これって昔から世の常「口減らし」などその典型だ。愛憎とはコインの裏表だから、愛が昂じると必要以上の憎しみに代わる。だから、幼児虐待やDVにもなる。でも、その逆に憎しみが愛に代わることは絶対にない。

 

    どんな関係性にせよ、いつもの呼吸で、いつもの間隔で、程よい距離を保つのが円満の秘訣だ。互いに食い入らず何のコダワリもなく、干渉せずがお二方にとっては、一番の特効薬かもしれない。まあ、味が知れない、分からない「富倉そば」と同じようなものだ。

 

    ときに信州「屋号:山品」の蕎麦は「マイウー!!う」とはいうが、本当かよ~っ?

 

     でも、その昔、よく行った大糸線穂高手前(先)の「天狗沢のソバ」の味は、確実に堕ちた。また、松本市内の名店「こばやし」の蕎麦も風味がなくなり、昔ほど旨いとは言えなくなった。これなら駅前の「飯田軒」の立ち食いソバ、深堀や緑町の「山賊焼き」、「蜂の子」や「ザざ虫」の方がはるかに旨い。

 

     今から40数年前、義父母に連れられて行った松本波多村のとある農家の軒先。婆さんが自前の畑で取れた蕎麦の実を石臼(石引)で引き、その嫁が獲れたての蕎麦を打つ。そのお味は、いうと格別で、山形県の田舎蕎麦「屋号:やまが田だ(京橋から現在銀座所在に移転)」と同じくらい美味かった。

 

    それに若かりし頃、上司に連れられて行った「信州坊主」(安曇野出身で仏・ソルボンヌ大卒の店主が帰朝後、東京赤坂駅前で蕎麦屋を開業。その後、地元長野県南安曇郡豊科町に移転。店主が亡くなったのを機に今は廃業)の味は、京都伏見地酒の「月の桂」(蕎麦と日本冷酒は相性がいい)ともに、格段に旨かったことを想い出したりもする。

 

     前述の波多村の農家母屋の居間や軒先に、事務長机にくたびれた座布団が所狭しと並ぶ。蠅や蚊も飛んできて、決して衛生管理上は「善し」ではなかった。だからこそ、ここのソバの味は今でも懐かしくて忘れることができない。

 

 義理の父母も程よく距離と愛情を保ってくれた。それというのも、当方のことではなく子(娘)可愛さあまりのことだったと思う。本当の本物のソバ(の愛)の味とは、こんな他愛もなく、着飾ることでもなく、素で自然体で向き合うことなのかもしれない。今はその昔を回顧するに、感謝の念と懐かしさしか残っていない。

 

(ご参考)一流の人が「蕎麦を食べるとき決してしない」こと(フォーブス・ジャパン引用)