Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

ここにしか咲かない花(想い出シリーズ2-1)

f:id:koushuya:20190716000549j:plain

 コブクロの名曲の1つである。「ここでしか咲けない、花があるのか?」、「ここまでしか咲けなかった、花なのか?」は、天と地ほど違いがある。この曲は、小渕の亡母に捧げた曲なのだが、何故かしら、この音符を追いかけると、とある人のことを、どうしても思い出してしまう。

 

 まあ、これまで安全地帯の「ワインレッドのこころ」や「熱視線」なぞ、存分に聴いてきた当方の歌狂いの一曲かも知れない。ただ、この曲、歌詞を聴くだけで泪がこぼれるのが不思議だ。「蕾」や「サクラ」でもいいというのに・・。この歌だけは勘弁して欲しい。

 

 出会いも別れも、突然にやってくる。愛が深ければ深い程、それは愛の地獄にも似て辛い拷問のようだ。そんな人生に向かっての「耐性」がなければ、人は我慢強く生きていけいけない。どんな強がりを言ったところで、ついつい暴言、暴挙や暴力に出てしまうのは本来が持つ「人間の弱さ」や「ヒトの悲しみ」の裏返しにほかならない。

 

 彼女は38歳にして独身だった。奥様いる彼を愛してしまい、突然、重い病に罹り平成28年11月20日にこの世を去った。今思えば何たる不運。そのお相手のお気持ちは知る由もないが、いまでも付き合ったその彼はそのことを忘れる筈もない。二人にとってそれほど愛とは惨いことだったかもしれない。

 

 絶対夫婦と云えども、愛し合った恋人同士でも、離婚や死別など、別れは、誰かれとなく必ずやってくる。そんなことを、予断を以って覚悟を決められる方なぞいないだろう。 

 でも、今日も、明日も、何時かやってくる「お別れ」や「サヨナラ」は心しておかねばならい。

 

 だから、現世、今生から、いつ「お別れ」しても良いように「遺言」、「遺書」や「遺産分割」などは、後に争議が起きないようにしておくのが、存命中のお務めだとも思う。

 

   さて、さて、そんなことを考えながら貴殿、大兄、御大も、こんな「お手当」されていますウ?

 

 彼女の葬儀の際のBGMで流れた「ここにしか咲かない花」の歌詞を、もう一度読み返してみると涙が出た。そして、何故かしらスターダスト・レビューの「木蓮のナミダ」を聴いても泪が溢れるのも解らない。

 

 その彼女が亡くなる2年前の10月、親父も逝った。スピード違反で捕まり、父の最期には間に合わなかった。彼女の思い出と同じく、亡くなったばかりの父の手足に触ると、未だ温もりがあったことを、いまだかって忘れることができない。