Koushuyaの徒然日記・オフィシャルブログ

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

オッサンズ・ヒッキー

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 今日はテレビドラマのタイトルのような台詞から入ったが、これが8020に微妙に関係している。ご存知の方も多いだろうが、「8020運動」は平成に改元当時の旧厚生省が日本歯科医師会の「80歳になっても20本以上自分の歯を保つ」という運動を後押したことに始まり、それが以降、歯科医師会や患者の間でも8020がキーワードとなった。

 

    ところが平成が終わり新元号になろうとする前夜「8050事態」が発生した。これは何かというと、80代の親のスネをかじっているヒキコモリの50代のことを指す言葉だ。なんと40歳~64歳までの中高年のヒッキイーは全国で61.3万人。15歳~39歳までの若コモリが55万人だからその数を圧倒的に凌ぐ。併せて120万人近くの無生産者層がわが国に存在することになる。その上、中高年の引籠りのうち3/4が男性だという。

 

    120万人というと大分県の人口。この規模人々が学校にも行かず、仕事もせず、ボランテイアもしないまま、彼女、女房、親の収入・給与、財産や年金を当てに無生産階級としてのその地位を占めている。結果、この人々に費やさる税金、公費や社会コスト、これらを現在の労働者や女性が担っていることになる。そのうえ少子化時代だから、そのコストは勢い外国人労働者に頼らざるを得ないことにもなる。つまり、将来日本国内は海外からの移民や移住者が世を覆い、メードイン・ジャパンは家から一歩も出られない卑屈な働かない男ばかりが社会に溢れることになる。

 

    こんなことは戦前、戦後を通じて考えられなかった現象だ。その底辺には苦難、苦労回避の欲望至上、受け身対応、ジコチュー主義なるものがあって、そんな両親に育てられた子供もまたその血や遺伝子を引き継ぎ、我慢や忍耐が全く利かない大人となる。

 

    社会、環境適応力とは、自らの体験や工夫の中から生み出されるもので、座しながら家の中ばかりに居ては何も解決しないばかりか窮地も打破できない。そしてそれに対しては誰も助けられない。「おい!そこのオッサン親が亡くなって年金が入らなくなったら、お前も死ぬのか?」

 

   と、ここまで威勢のいいことを書き綴ったが、中高年の引籠りの原因がヤケに気に懸かかった。原因の第三位は、病気を機に・・・、第二位は、人間関係が煩わしく上手くいかなくて・・・そして、ピカピカの一位は、退職を理由に・・・だそうだ。

 

    よくよく、考えてみれば当方、退職してからここ数年人間関係が煩わしく、社交的なことがメンドく、人づきあいが苦手となった。そうこうして外に出かけなくたら、今度は大病に罹った。なるほど家のベッドに独りで一日中寝ているのがどおりで居心地がいい筈だ。