このところ天気予報でやたらと「50年に一度の大雨」という言葉をよく耳にする。ほんとかよと思いきや「これまでにない未曾有の大雨」とか、センセーショナルフレーズが連発される。天変地異はいつどこで起きてもおかしくないのだが、言葉に踊らされているようで仕方がない。
昔は「50年に一度の大雨」などという表現はなかった。かれこれ、5、6年前、気象庁が特別警報を発令してから、このフレーズが多用されるようになった。流石に「100年に一度」や「今世紀最大の」とはいわない。それにしてもこの1年で「50年に一度の大雨」を何回も聞かされた。
限定的に「その地域では」という意味だそうだが、観測地点や基準地を増やせばいくらでも「50年に一度の大雨」を作ることができる。これに輪をかけて各メディア等が便乗。刺激のある言葉でニュースを読むアナウンサー、不安だけを煽ったら、情報が錯綜して避難行動が取れず多くの被害を出す結果にもなりかねない。
もっとも、地球温暖化の影響で、短時間豪雨が、年々少しずつ増えているという現実は分る。でも、こうも「〜年に一度」を連発されて災害が減るなら兎も角、それによって被害が減少しているようには思えない。
予測や予報の精度がいくら上がっても自然の前では人間は無力であることを肝に銘じてもらいたいものだ。虚言妄言までとは言わないが、こうも演出に手が込んでくると報道そのものに不信感が募る。マスコミ報道に頼らず一人ひとりが災害や被害をイメージする力を持たなければ自らの命は救えない。
先日、舛添前都知事がカップラーメン片手に、家庭菜園で作った無農薬野菜を添えて質素に食事を摂っている映像がテレビで流れた。TV局か本人のご希望かはわからないが、これも明らかに貧困生活を前面にした演出過多。カップラーメンより袋入り即席麺、自家製無農薬野菜よりスーパーの店頭野菜の方がはるかにコストはかからない筈。前妻の片山さつきといい、ご当人といい、会社の広報といい、談話といい、すべてが芝居掛ったこのご時世。嘆くのはこの徳兵衛だけか?
(今日のおまけ)
ある調査によると、現在の新聞、TVなどの報道の信憑性について、偏向があって「信じない」とする世代は20代、30代で70%を超える。40代から70代にかけて「信じる」とする割合が増えていくが。性差があって男性の方が女性のそれを上回る。それでも50%の男女は、各社の報道を「全面的に信じない」との結果が公表されている。
その調査の中で。「マスコミ報道を信じやすい男性」のタイプは、ゴシップ好きで不倫願望が強い中高年だそうだ。さて、世の殿方のみなさん最近のマスコミ報道やニュースを全面的に「信じます」それとも「信じません」。