なぜ陸上競技よりサッカーやラグビーのようなチームスポーツがオモシロいのか?
スポーツとは人生の縮図であり擬態でもある。速く、高く、遠くの競技ではそれだけのこと。
一つ進めて柔道、レスリングやボクシングはガタイが大きく体重が重いほうが強いと運営側のルールで決められている。
野球はどうだろう?ルールで攻撃と守備が入れ替わる仕組みだ。
それに比べて一瞬で攻守が入れ替わるサッカーやラグビーは完全に観客はそこにゲームの興奮の一方で、自分人生の生き様を見ているはずだ。
特にラグビーボールは不規則なバウンドをする。その上に前方にパス出来ず、ラインを作って後方につなげて行かないと敵陣は取れない。
そのうえ、ガタイのでかいフォワードやスクラムが行く手を阻む。でも、デカいだけでは勝てないのが妙なのだ。
人生は不条理で、理不尽で不毛で無情だ。それでも僕らは命たるまで前に生きぬかなければならない。
その上、ラグビーはあんなからだのぶつかり合いがあってもサッカーのような喧嘩、侮辱、選手同士やチーム同士のつまらぬトラブルはほとんどない。
フェアで、対戦相手に敬意を敬愛を最後にはノーサイドで相手を花道に送る。
選手の中には医者や学者を目指すメンバーも多い。ここがサッカー選手とは大きく違うところた。
ところでそんな中、犬エッチケーのクロア現代で居酒屋の店長らのド素人がサービス付高齢者住宅事業に参入挙げ句に閉鎖、倒産や破産が急増しているという。
今日のタイトル名は元経営者の言葉だ。老いた当方の持論は単なる憧憬に過ぎないのか?