koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

良く聴けば

f:id:koushuya:20170812001041j:plain

   朝6:30分ラジオから「全国の皆さん、会場の皆さん、そして海外でラジオをお聴きの皆さん、おはようございます」と挨拶の声が聞こえてくる。そのあとにラジオの向こう側では指導者の手振りの合図で、会場の参加者も「おはようございます!!」と大声を張り上げてのご挨拶。それに合わせて、ラジオ体操の歌を合唱する。徳兵衛幼少の砌、夏の風物詩だったかのラジオ体操。最近、都会ではすっかり見かけなくなった。体操を実施している処でもほんの1~2週間足らずだ。このラジオの声で眼を覚ますこともなくなった。

 

   さて、このラジオ体操の本当の狙いは、戦後にも拘わらず戦後復興から高度成長へと、いわば富国強兵に近い総国民の健康と体力向上であったことを聞かされると、一瞬にして懐かしい思い出が霧消してしまう。そういえば、会社勤めの頃、朝礼後と3時の休憩時間後に机の脇に立って全社員でラジオ体操をさせられたことを思い出した。そうか「全社一丸となって、皇国の一戦に臨もう!」規律、統制や思想統一がその裏に隠されていたことを初めて知った。流石にこれもまたショックだった。

 

   やがてテレビの時代に入り、相撲、プロレスが大人気。1964年の東京オリンピックのマラソンで円谷が銅メダルを獲得すると一気に国内にマラソン人気が高まりテレビも普及した。いまでもマラソン番組は視聴率が高い。ただ、それまで駅伝はテレビ中継されていなかったため、ラジオの実況放送を聞きながら一部のファンだけが楽しんでいた。

 

   時は今から26年前、テレビ離れが進み一向に視聴率が上がらない中、日テレが「箱根駅伝」に目をつけ冠スポンサーとしてサッポロビールと手を組んだ。同局が得意とするその後の「メイク・ドラマ」「感動ポルノ」のハシリである。今や「箱根駅伝」は正月2、3日で視聴率30%を稼ぐお化け番組だ。それを見て、TBSも「ニューイヤー駅伝」で追随した。

 

   さて、ここにもラジオ体操に共通した一面がある。それは、局とスポンサーが作り上げる商業的側面と大学側が学生募集や知名度向上のための広告的要素が番組に織り込まれていることだ。

 

   とはいえ、同局の「ヤラセ24時間テレビ」はあまり視聴しないものの、「箱根駅伝」だけは演出されていることが分っていても、つい視てしまう。そうした中、2年前「山の神」と呼ばれた柏原竜二東洋大)が、卒業後1年足らずで現役を引退。徳本(法大)や渡辺(早大)も、もう現役選手ではない。惨憺たるやこの現実。こんなことでは「マラソン日本」の復活など願うべくもない。

 

(今日のおまけ)

   勉学が不得手な学生の不成績は自らの怠慢と諦め、進学も就職も適当な所へ納まる。勉学で頭角を表わすような学生は生き方を心得、自力で進路や就職を決めるので教師の負担も少ない。

 

   スポーツは、速さ、強さ、高さなど数字で計りやすいから目標が立て易いが、思考力とか洞察力とか知力といった複合的な能力が必要な勉学は数値目標が立てにくい。

 

   でも、スポーツは体力強化や技を磨くことによって容易に目標に到達できる。そのうえ、学校側が顧問やコーチが指導を請け負ってくれるので、どの学校にも野球、サッカー、陸上等とあらゆる競技に「スポーツ推薦制度」がある。

 

 選考基準は全国大会へ参加や成績だ。入学後にメジャー大会に何人も優秀な選手を送り込むことができて、結果が出れば、「学校」「指導者」も、そして卒業後の就職先「企業」にとっても安い買い物で絶大な宣伝効果が得られる。

 

 そんな彼らに指導者たちは学生に対して必ずと言っていいほど「人」「生き方」「チーム」や「伝統」を口にする。スポーツ推薦の学生とはいえども学畜でも社畜でもない。指導すべきは指導者やコーチ連中ではないだろうか。今、人格者としての監督、指導者やコーチの資質が問われている。