koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

メダカの学校

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    川や池の中のメダカやハヤのような小魚の群れを見ると驚くほど整然と統制がとれ、魚群が一つの流体となって泳ぎ、時々一斉に方向を変えるのを見ると、群れの中に指導力のあるボスやリーダーがいると思い込んでしまう。

 

    しかし、実際は本当のところは違うようだ。どうやら一匹一匹が自分の生存の利益を追求する結果として、あのように同じ動きをするのだと聞く。ある学者によると群れることによりメダカのような小さな魚はいつも、より大きな魚や水鳥のような捕食者の脅威にさらされている。群れから離れた一匹が捕食されれば100%だが、100匹で群れればその一匹の捕食確率は1%にまで低減する。したがって、群れが大きいことは群れと群れの構成員である各々のメダカに有利に働く。

 

 ところが、群れがあまり大きくなりすぎると、群れの構成員が食物を分け合うことが困難となり、群れ中で生存競争が始まってしまう。また、群れが大きくなると捕食者の目にとまる確率も高くなり、群全体がれが被るリスクも増大する。すなわち適正な群れの規模が群れの存続を左右する。

 

 群れの最適規模が100匹だと仮定し、この群れの大きさが200匹になったとき、群れが取るべき戦略は群れを二つに分割することだ。ところが個々のメダカにとっては群れを抜け出して一匹になることは自分だけが危険な目に会うことに繋がるものだから、そんなリスクは侵さない。もっとも冒頭書いたようにメダカの群れの中には指導者もいない。

 

   結果として、メダカの群れは大きくなって規模の不利益が生じるようになっても分割されることはなく、何かのきっかけで群れの誰かが向きを変えると遅れないように一斉に向きを変えて整然に回遊を続けることになる。実は指導者がいなくて、それぞれが自分勝手に行動していることがメダカが群れるという集団行動をとる要因だったというわけ。

 

   このように集団の構成員が勝手な行動を取ることで、集団がまとまった行動を取ってしまい集団としての利益の最大化と各構成員の利益が損なわれてしまう。これを「ゲームの理論で囚人のジレンマ」と呼ぶらしい。ただ、生物学的にみればメダカの一匹一匹は自分(個体)の遺伝子を残したい筈だから、自分が食べられてしまっては自分の子孫を残せず元も子もない。すなわち、まずは、自分一匹でも生き残ること、すなわち利己主義こそがメダカ(個体)存続ための戦略になる。

 

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(今日のおまけ)

 何故このお話で持ち出したかというと、「群れ=組織や企業、メダカ=一構成員や社員。と前置きする。まず、会社には事業規模応じて部門ごとに適正な社員数必要である。そして個々の社員が多種多様な能力、価値観や創造性を発揮することが社員として、また、家族にとっても生き残るために大切なこと。ただ、社員一人ひとりが個性的に勝手な行動をとっているように見えても金太郎飴で皆が右へ倣えで同じ行動をとったら会社としての利益の最大化は困難。そのうえ、指導者たる経営や上司がひとたび判断を間違えれば倒産や破産(捕食)の危機に瀕する。そういうことがないように、「日頃から個々の社員には足元の的確な判断と行動が必要である。」ということを申しあげたかっただけ。時には、話題も「固く」なる。