koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

無縁社会

f:id:koushuya:20170604013028j:plain

 舌鋒鋭く社会批判や制度批判をするつもりはサラサラない。ただ、江戸時代から明治、大正、昭和にいたるまで、繁栄が続いたのと家族や親族という小さな組織体から中小事業者、狭隘な地域における人々の有縁が礎となっていた。それは例えば、夫婦、親せき、親子、地域の町内会や老人・子供クラブであって、その有縁が奏功し、その時代は組織やコミュニティが上手く回っていた。

 

 例えば、当時、夫は外で稼ぎ妻は内職をしながら家事に専念するのが当たり前であって、地域も地域で老人や子供たちの世話をしていた。小学校のグラウンドではそれぞれの地域が競う運動会が開かれたり、1年を通じてお祭りなどもそこかしこで頻繁に催されていた。老若男女、地域選抜の男子ソフトボール大会や女性陣のママさんバレー大会にも自然と熱が入った。

 

 そうした時代を演出したのはお国である。一例をあげれば、食料、特にコメなどは政府の食管制度の下に農家からの買い上げは米価は高く、消費米価は安くといった風に、国がそのシワ寄せを受けていた。今の国民皆保険も年金制度もそうした制度の多くは似たような性格を持っている。よく考えてみると「国がそのシワ寄せを全部引き受けていた」つまり、国民の税金によって制度や庶民生活が維持されていたというワケだ。

 

 すなわち制度や国民生活の質と量を維持しようとすればするほど、雪だるま式に国の財政赤字は拡大するのは自明の理。やがて立ち行かなくなる日も近いだろう。戦後、アメリカ経済に習って自由経済のもとに急成長した日本が選択して来た道も、今になってお国も「国民の皆さま、どうぞご勝手に、お好きにどうぞ、自己責任で自主自立を目指して」とい云い始めた。デイサービス、在宅医療、墓じまい、待機児童、学校統合、孤独死等々のそのツケが時代に取り残された人たちに次から次へと襲ってくる。とわいえ、それまでの「有縁」を放棄しなかったら、今日の日本のダイナミズムは産まれなかっただろう。

 

(今日のおまけ)

 さて、ここまで硬い話をどう落としまひょか?そもそもブログなるツールのコンセプトは、「ほっこり」、「ほんわり」、「にやり」とできる内容の方が読み手側にとっても有り難い。発信側の一方的な「ネガテブィブ情報」、「誹謗中傷」、「心情吐露」や「告白」するのであれば、BlogやHPは適さない。アップした途端、読者から「逆切れ」されたり「ねたみ」や「嫉み」を買うこともあり、時に情報がダダ洩れで「炎上」することさえある。

 

 ストレスが溜まり自分の思うようにならない日が続いて、その欲求のハケグチとしているブロガーもいるようだが、たかがブログこんな場所から「縁」は生まれない。