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koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

遠くの親戚より近くの他人

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 生まれて初めて命の危険を感じたのは2014年2月14日の大雪だ甲府市でも記録的豪雪となり最終的には積雪114㎝。河口湖143cm、山中湖、富士吉田の郡内でも2m近い積雪を記録した。孤立家屋やビニールハウスの倒壊は多数。自衛隊が出動し救出に向かうも、死者がでる結果にもなった。

 

 高速道路は通行止め、一般道路は寸断され、中央線、身延線小海線富士急行電鉄も不通となり、まさに山梨県陸の孤島と化した。ライフラインの障害も発生したが、降りやまぬ雪に、雪かきが追いつかず。独り住む実家の屋根や柱がミシミシと不気味な音を唸らせていた。

 

 ご近所総出で人独り歩ける道を作っても、降りしきる雪にすぐに埋もれてしまう。雪かきもそうだが、一番、危険を感じたのが「食べ物」だ。道路寸断により物流がストップ。近県の何処からも物資が入ってこない。近所のコンビニでは、棚からパン、米、餅や即席ラーメンが次々と消えていった。最初は1、2日のことだとタカを括っていたが、降雪が長引くにつれて略奪が始まりそうな雰囲気の中で、野菜、菓子、水、アイスクリームなど、口に入りそうなものの殆どが、もの凄い勢いでなくなって行った。最後は酒のつまみまでもが棚から消え、店には酒だけが何本か転がっているだけの惨たんたる状況だった。

 

 県内の親戚も東京にいる家族のことも考える余裕はなかった。雪道を2時間も3時間も歩いて、人里離れた店まで行って、賞味期限切れ近いカップラーメンを近所の人たちが交互に買いに行き、それを近所同士で分ける。勿論、お代を払おうとしてもお金を受けとる人は誰一人いない。まさに「遠くの親戚より近くの他人」。毎年この時期になると、冬の寒さや雪の冷たさとは正反対に人の温情がどれほど暖たかったか、雪景色をみるとそのことが頭をよぎる。

 

(今日のおまけ)

 どうしても東京にも出らなくてはいけない用事があて気を揉んだが、数日して、やっと中央道が片側だけが開通した。自家用車は雪に埋もれ道路にもでることができない。レンタカー会社から乗り捨てのできない車をやっと借りて、おそるおそる高速道路に。道路脇は積雪でせりあがっていて、油断をするとハンドルを取られる。半日かけてやっと東京に着いた。上京して用事を済ませ2日後に、今度は車を返却に甲府まで帰らなくてはならない。ただ、ただ、雪の降らないことを祈りながら恐々として帰路を急いだ。

    幸い父母は施設に入居していて二人とも無事だったが、父にとっては、最後の冬となった。