koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

洗足

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 文字通り「足を湯水で洗うこと」。俗語では「賎しい家業をやめて正しい業につくこと」とも解す。お宅にもお邪魔した現役時代の社長は、帰宅すると必ず足を洗った。それは、親しき中にも礼儀ありで奥方へのエチケットだった。その社長は亡くなったが、一度、咎められたことを思い出す。部下を持った徳兵衛、社長への報告で「彼らはよくやってくれまして、それなりに頑張ってます。」と、云ったところ「それなりに」は、「君の驕りであり、君には謙虚さがない。」と叱られた。そのことは今も教訓として忘れていない。

 

 夕方、親しくさせていただいている山仲間のマスコミ関係の御仁から、ご無沙汰なので最近の様子を聞きたいと連絡があり、自宅から1時間以上もかかる東京駅近くの「丸善」前で待合せることとした。御仁は恩人でもあり、当方のことを一番理解してくれ、当方を弟のように可愛がってくれている。よもやのことがあれば、御仁に葬儀委員長をやってもらい、弔辞もお願いするつもりだ。そのことはエンデイングノートや遺書にも書いてある。

 

 この御仁と一緒に、山小屋泊まりをすると、大変なことになる。御仁は無呼吸症候群の上、鼾が尋常ではない。おそらく周りの人は朝まで一睡も出来なくなり、翌日の山行程に支障を来す。とは云え、徳兵衛も体臭や蝋が溶けたような加齢臭が強く、登山でめちゃくちゃ汗をかいたときの時の帽子や下着の臭いは強烈だ。除菌し風呂にでも入らないと、これも周りに迷惑をかけることとなるが、山に風呂などはない。せめて下山後の立寄温泉(湯)が唯一の楽しみだった。それを御仁とも何回も楽しみ、湯船で何度も酒も酌み交わした。

 

 ホームレスの臭さはさておき、汗臭さも体臭も足の臭いも、生きているが故の証。老臭は表皮があまり汗をかかず粉が吹き、鬢付油のような臭いだが、最近では能動的な汗は全くかかず、時折、病で発熱するくらいが関の山だ。早くこんな「カタワ」の世界から足を洗い、体の芯から滲み出る汗をかきたいものだ。その昔の自身の加齢臭が懐かしい。

 

(今日のおまけ)

機内や列車内で、読み終わった新聞紙を床に敷き、くつろぐ乗客をよく目にする。

 とある機内での風景、前席の乗客がこれと同じ事をした。強烈な臭いたまらず後部座席の乗客がキャビン・アテンダントを呼び、この臭いを何とかしろと訴えた。

 

しばらくして、そのアテンダント前席の乗客の前にひざまずき、誰がとは言わずに「お客さま、御身足が大変臭そうございますので、ご遠慮ください」と、足の臭いに全く気づかなかったその客は慌てて靴を履いた。さすが、プロの言い回し、場合によっては四角ものも言い方で丸くにもなる。