koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

殺生

 

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 関西弁で「そんな殺生な!」は、「そんな、つめ(冷)とうしといてんや。」の意味らしい。厳密には「殺生(戒)」は仏教語で、生き物を殺すこと。殺生は殺業といわれ仏教では最も重い罪とされている。ベジタリアンは本当に肉や卵などの動物性たんぱくを摂らないでいられるのか今も不思議でならない。徳兵衛、前にも書いたが、子供の頃はスズメやイナゴなど動物や昆虫などあらゆるものを口にした。

 

 半島では、街中でハトや犬や猫を殆ど目にしない、彼らが旅行で来日して、まず驚くのは公園や駅にいるハトや野良猫の多さだという。半島民は、四脚の机以外はなんでも喰うという。昔、知り合いに「猫ナベ」と称して猫を食していた奴がいたが、兎に角、煮ると、やけに泡立つらしい。皮は三味線の張皮に使うらしい。

 

 子供のころ、野良犬を拾ってきたら母親にひどく咎められた。今思えば、例え、その犬が番犬となったとしても死ぬところを、母は見たくなかったのだろう。一週間もしないうちにその犬を遠く離れた山里に捨てに行った記憶がある。その20年後、親に内緒で娘が境内の社の縁の下で子猫を飼っていて叱ったことを思い出す。そんなこともあってか、我が家では動物や昆虫などは一切飼ってはいない(これはウソ、鈴虫を発砲スチロールの中で飼育・繁殖に成功したのだが、水抜きの穴から孵化した幼虫がウヨウヨ。それは自分でもキモかった)。

 

 母は旧家の末っ子で、その家では農業のほかに酪農なども営んでいた。幼き徳兵衛も、牛、馬、鶏、飼い犬、猫など、庭先であらゆるところで生き物を目にしながら子牛の脚にロープをかけて、母牛のお産も手伝ったこともあった。ただ、産まれてきた子牛がオスだと、半年もしないうちに馬喰がやって来て、その子牛をトラックの荷台に乗せて連れていく。

 

 餌やりなど産まれて連れていかれるまで、母の実家でその子牛の世話をした徳兵衛。そのときの哀れ悲しむ子牛の顔と泣き声が今でも頭から消えない。黒頭巾を被せられ、ハンマーで眉間を一撃される屠殺場に連れて行かれることが、その子牛には判るのだろうか?子が産めないオスの最後こそ哀れだ。

 

 いまだかって、ペットや動物を飼おうとはな思わない。実家のご近所の奥さんが秋田犬を飼って十数年、朝夕散歩につれ歩き、我が子のように可愛がっていたのを知っている。その犬が今夏、玄関先でひっそりと亡くなっていたという。その奥さん曰く「辛くて、つらくて、身内を亡くした以上に淋しい。」と云ったまま、その後、外で奥さんの姿を見かけなくなった。

 

 (今日のおまけ)

 貴女は猫派?犬派? 犬好きの方は社交好きだが誠実で努力家。なんて、聞こえはいいが「君がいないと生きていけない」感が強く、実は服従を求める重〜いタイプが犬派。一方、猫派は、勝手気ままな「個」重視の小悪魔的なマイペース主義。犬派は周囲を気にし、猫派は好みで物事を決めていく。掲載写真の彼女、25年旦那と連れ添うも、旦那は2階、本人は1階に住む完全なる家庭内別居の状態。子供はお約束で、作らないか作れない。完全なるWインカムNOキッズ、当面、生活には困らないが、かろうじて、夫婦の間を取り持っているのは3匹の猫ちゃんだという。そんな猫に産まれなくて良か、よか!!と思うウナギイヌの徳兵衛でした「ほな、また。」