koushuyaの徒然日記

多くの方々からブログ再開のご要望をいただき、甲州屋徳兵衛ここに再び見参。さてさて、今後どのような展開になりますやら。。

自助と共助

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 既報の通り、早朝から防災訓練に参加した徳兵衛、担当の地域を回り各戸の安否を確認し奔走した。情報連絡要員でもあり生活支援班の班員でもある。訓練が終わり生活支援班のミーテイングにも参加した。コミュニテイが大規模になればなるほど意思疎通に障害が生じ、運営が上手くいかない。とくに、若手と老人たちとのギャップは埋まらない。それはどこでも、どの組織でも同じだなあと痛感した。

 

 生活支援班とは響きはいいが、被災した際に救援してくれる地域ボランテアだと思う方々が殆どだ。でも、警察も消防も行政も含め、地域内でも救助・支援できるのはほんの1割か2割程度にしか過ぎない。指定避難所の設定人数は域内の1割程度しかない。残りの9割は避難所にさえ入所できない。

 誰かが助けに来て、食べ物も届けてくれると思っていてはいけない。救援者自身も家が倒壊して戻る場所がなく、ボランテアのふりをして避難所に集まる。くどいようだが誰かが助けに来てくれる、仲間が救いに来ているといった共助では生き抜けない。自分の命は自分でしか守れない。自助こそが生き残る道だ。これはマタギの飯山の御大から教わったことでもある。

 

 トイレも食事も、水も自身で確保しなければ、家族も自身の身は守れない。暗闇で食べるものもなく、排せつ物の悪臭の中で、少なくとも1週間は、どんなことをしてでも生き延びなくてはならない。その様相は修羅場で決して人が思うほど格好の良いものではなく、弱者から淘汰される。マニュアルでしか動いけない人ほど、応用力と柔軟性の乏しい人間ほど、技術もなく本当の怖さを解っていない。3.11の危機管理対策本部の現場責任者だったあのころの風景とダブった。

 

(今日のおまけ)

 母と娘は、親子であっても不思議な関係だと思う。息子の嫁たちは嫁さんの実家に戻り出産を迎えた。孫が産まれた時は、嬉しく思ったが、娘が出産を迎え、帰宅してきた今とは感覚がまるで違う何故だろうか。